逢瀬
「また来たの?」
「そう邪険にするでない」
「邪険にしてるわけじゃないけど…潤の邸に居なくていいのかよ?」
「良いのじゃ。わしは、智の顔が見たいのじゃ」
「都の人の考えはわかんないわ」
「わからんか…それは困ったのう」
縁より二人並びて、今宵も月を眺めております。
こんな夜が、弓張り月の宵から続いておりました。その月も、随分とふくよかなるお顔立ちとなり、あと四つもすれば、望月にてございます。
「困る?」
「ああ…こちらの話じゃ。それより、のう、智」
「ん?」
「ちと疲れた。膝を貸してはくれぬか」
翔の君の仰られる意味がわからぬと、首を傾げる智の胡座の脚に、横になられた君は、御頭(みぐし)をお乗せあそばされました。
「おっ?!」
「何じゃ?」
「いや…別に…」
智の鼻に、鬢付けの良き薫りが仄かに感ぜられました。俄に興味をそそられて、そっとお顔を盗み見ますと、閉じられた瞼の長い睫毛も麗しく、翔の君の白い肌は月光に濡れ、妖しい美しさを湛えておいででした。
「都の人は…」
「ん?」
「都の人は…みんなこんなに綺麗なのか?」
「はて…比べたことなどない故わからぬ。だが、智に褒められるは、喜ばしきことよのう」
「いや…おいらの周りには、潤みたいのばっかしか居ないから…」
「潤士郎は綺麗ではないか?」
「潤は綺麗ってゆうより、ちょっと眩しい」
「眩しい?」
「うん。翔の君が、月みたいに空の上の方で静かに光ってるとするでしょ?そしたら潤は、真夏に、地面からも照り返してくるくらいのお天道様みたいに、暑苦しいってゆうか…なんか、ずっと近い」
「潤士郎は近こうて、わしは遠いか。それは、わしの身分がそう感じさせてしまうのかのう。わしはそのようなこと、露程も気にせぬのに」
御手を智の頬にお伸ばしになられ、開かれた憂えた眼(まなこ)にて、じっと智を見上げておいでになられます。
その、まっすぐで美しい瞳を、智も見詰め返しておりますと、頬の御手が唇にお触れになり、そのまま、ゆるりとお体をお起こしあそばされ、くちづけ為されました。
「わしは、このようにすぐ近くに居るというに…」