それからも、やはり潤士郎は、昼に握り飯を携え、智の家に通い、これといった話をするでなく、智が、自分の為に、切り出した竹から少しづつ、伏篭をこしらえる様を見ておりました。


智とは、もともと寡黙な者で、顔つきなども、あまり、心の内を現さない者でしたけれども、潤士郎が都より戻ってよりこの方、その趣は、ますます度を増しておりました。


潤士郎は、半ば途方に暮れておりました。器用に動く智の手が、伏篭を形作るを見詰めるばかりにございます。



その伏篭も、もうそろそろ完成を見ようとしております。
最後の竹を手に取り、智がするすると編み込んで参ります。

「潤…おいら…」

「な、何だ?」

「芳(かぐわ)しい香(こう)の匂いより、土の匂いの方が好きだ」

智のその言葉と共に、伏篭は出来上がりました。


「ふうん…そ、そうか」

「…できた。やる」

「え?」

訳がわからぬ、と、潤士郎が戸惑っておりますと、出来上がった物を、ぐいっと、押して寄越して、もう一度申しました。

「これ、やる。いつも世話んなってるから、よしみでやるよ」

「あ…ありがとう」



その振る舞いと、耳に届く言の葉がちぐはぐで、なおのこと困惑する潤士郎が、智は恨めしくありました。



正面切って、行くな、と、申さば、止められるやも知れませぬ。知れぬけれど、それでは、潤士郎の行く末を断つことになる。
このように楽し気に都の話を致すのだから、何よりも叶えてやりたい。と、思いはすれど、ただ、この、言い知れぬ淋しさだけは、どうにもならず、以前のように接することを、難しく致しておったのでございます。



智の憂鬱をよそに、潤士郎は、再び都へ上る算段を、着々と整えてゆきました。


一人立ちしている兄達や、手に技のある智と比べ、潤士郎は、自分一人が半人前だと、落ち着かぬ心持ちであったので、都で、立派に務めを果たすことで、まずは智に並びたいと思うておりました。
しかる後、また、考えがあったので、その為にも急いていたのでございます。



そのような胸の内を、智も知らず。

忙しく、また、生き生きとしております潤士郎の様子に、自分は取り残されてゆくのだなぁ、と、淋しく思う心と、一人立ちしてゆく潤士郎を、晴れがましく思う心の狭間で、もう、自分のしてやれることは、見守ることしかないのだと腹を据え、いつも通り、暮らしおるのでございました。