朝と夕をふたつ、みっつ数えた先の昼に、智がやって参りました。
春の麗らかな陽のある、心持ちの良い日でしたので、稚児らも庭に出ておりました。
「あっ、智だ。まだこんなに日も高いのに、どうしたんだろう?」
雅紀がその姿を目に留め、和也に申しました。
そこで、和也が声を掛けようと口許に手を当てた時にございます。翔の君が、智の許へお出ましになられたのでございます。
近しく語らうお姿は、遠目にも仲睦まじく、稚児らは、口を噤み、ただ見詰めておりました。
そうしますと、智は、何やら手にしていた物を翔の君に差し出しました。
それに輝く微笑を向けられてお手に取られますと、矯めつ眇めつご覧になられ、やおら凛々しきお口許にお当てになられますと、響いてきたは、清涼なる笛の音にてございました。
それは、譬え、天の美しく鳴く鳥でも、これ程見事にさえずりは致しますまい、と、思われる程にございました。
自然と、雅紀の目から涙が溢れ落ちました。
翔の君は、智の笛を懐へお仕舞いになられますと、代わりに、ご自分の笛をお渡しになられました。
そのお姿を目にした雅紀は、腕の傷を押さえて離れに駆け戻りました。
和也は、まだ、言葉を交わされる様子を見詰めております。
その瞳には、諦めにも似た感情が、明らかなる決意と共に、浮かんでおりました。