内包

それから二日後には、雅紀の熱も下がり、粥などを口にできるようになりました。

その間、朝は先晩に智が作り置いた薬を和也が飲ませ、夕に智が参って新しく作りおりました。


その都度、約束通り翔の君に目通り、一言、二言、交わします内に、翔の君は、智という、磨けば類なき程に光り輝くであろう見目形を持った、飾らない性質(たち)のこの者に、甚(いた)く関心をお寄せになられるようにおなりになりました。

そして、智が身の上を、潤士郎にお尋ねになられました。


潤士郎は大層喜んで、我がことのように、自慢気に語ってお聞かせ致しました。



「智の家は、代々、竹と共に生業(なりわい)を立てて参りました。
父ごと母ごは、智が小さき頃、流行り病で共に他界致しました。その後暫くは、爺と二人暮らしおり、笛の技も、その爺に仕込まれたものにてございます。

しかし、その爺も寄る年波には勝てず、智、十七の年にみまかり、それ以来、竹林の傍の東屋に、独りにて居りまする。

智は、あの様な偏屈な形(なり)はしておりますが、あれで中々に人懐こく、善い男で、その上、何をやらせても器用にて、薬も作り、また魚も捌きますれば、字や絵も上手く、特に舞などは、この里に、智の右に出る者はおりません。その上、詠(えい)などさせれば、聞きし者の目、皆濡れる程に、良き声にてございます」

「そうか。ならば、一度、この目で見、この耳で聞きたいものだ」

「それは何より!早速、父に図りとう存じます!」

潤士郎は心底嬉しく、また、晴れがましい気持ちで申したのでございました。


「所で、あれは幾つじゃ?」

「今年、二十四になりまする」

「真か?!」

「どうかなされましたか?」

「あない若う見えて、わしより一つ上とは」

「そうでございますか。智の相は稀有な相にてございますそうです」

「ほう。稀有とな?」

「はい。たまたまこの里を通りかかられたある高僧が、智の顔を一目ご覧あそばして、こう仰られたそうにございます。
この者は、世がどの様に乱れても、己と、その大事とする者、心安らかに保つ、不思議な業を備えているから、大事にしてやりなさい、と」

「不思議な業と?」

「私には、ただの呑気者で、気苦労のない顔に見えますが」

「そうか。気苦労がないのか。それ故、若う見えるのだな?」

「はい。私は長い間近くで見て参りました。そうに違いありませぬ」


潤士郎が真面目くさって申すを、翔の君は大層面白がり、声も高くお笑いあそばされました。

されど、そのお心の片隅に小さき嫉妬のたねが、お出来になったのも確かでございました。