そこで慌てたのは潤士郎でございました。
その場にがばっと手を着き、申します。

「お待ち下さりませ!この者は智と申す者にて、決して怪しい者ではございません。
この者、薬草の性質(たち)に甚だ詳しく、私めが稚児様の傷のことをば申しました。
誠に出過ぎた真似にて、責めらるるは私めにございます故、どうか、この者はお許し下さりますよう、お願い申し上げます!」

「ほう。此奴(こやつ)が智か」


笛の先を加減されて、智の顔を灯りに晒しますと、当の智は平常な面持ちにて、まっすぐ翔の君を見返しております。

それをご覧になられた翔の君の目の色が、僅かに変わられたようにございました。


智を見据えられながら、笛をお収めになられ、尋ねられます。

「して。どうなのじゃ」

「うん。熱が高いし、傷も腫れてる。さっき煎じ薬を飲ませたから、後は傷を清水で流して、この薬を貼って、こっちの布で巻くといい。
あとは、煎じ薬を飲みながら、朝夕取り替えて、体の中から不浄が消えるの祈るだけ」


智の殊更ない物言いに、肝を冷やしていた潤士郎でございましたが、翔の君はそのようなことには相構わず、智にしたいようにさせておやりになりました。



雅紀を、蚊帳を吊った床(とこ)に寝かせると、あとを和也に任せ、皆、母家へ立ち戻りました。


「では智よ。雅紀が良うなるまで、通ってくれるか?」

「うん」

「難儀を頼む。それから、参った折りには、勝手をせず、わしの許しを請うのじゃ。良いな?」


智はこっくりと頷き、「わかった」と、答えました。そして、去り際に、戸口で振り返りますと、申しました。


「あっ、そうだ。あんたの笛も傷があったね。おいらのこさえた物で良かったら、今度、新しいのを持ってくるよ」

「ほう。そなた笛を作るのか」

「はい。この者の手になる笛は、どれも類い稀な美しき音色を奏でまする」

と、申したは、潤士郎でございました。


「ならば、楽しみに待つとしよう」


そう申された翔の君は、本当に嬉しそうに微笑まれたのでございました。