筍

邸の奥の間に畳を設(しつら)え、主(あるじ)と稚児らをお通し致し、潤士郎の父であるこの地の国司が、恭(うやうや)しく伏し、口上を述べておりましたところ、何やら表が騒がしくなりました。


どうやら、人声の様でございます。
そしてそれは、ようよう大きくなり、奥の間にもはっきりと聞き取れる程になりました。



「潤~。いないのかぁ?おいらだよ~。筍持って来てやったぞ~。おーい。潤~!」

その声は、何とも良き声でございました。
張りがあって、艶やかで、女子(おなご)の様に高く響きながら、女子の声にはない力強さに溢れた、主も今まで聞いたことのないような、魅力を持った声でございました。


「お待ち下さい。只今、大変に取り込んでおります故、今しばらくお待ちを!」

「え~?!折角一番でかいの持ってきたのに、潤に会えないのかよ」

「そのように申されましても…」



「智!」

「おお、潤!」

潤士郎の名を呼ぶ声の主(ぬし)の、何とも嬉しそうに響くことか。
主(あるじ)と二人の稚児、共にお顔をお見合せになり、面白気にお声をお出しになられて、お笑いになられました。


口上の途中で、体を固くしていた国司も、一呼吸吐くと、面を上げたのでございました。

「まことにお騒がせ致しましてございます」

「良い。国司殿、潤士郎殿には、良き友が居られるのだな」

「はい。あれらは、真(まこと)の兄弟の様にございます」

国司の申したことに、稚児らは再び顔を見合せました。
二人にはわかったのでございましょう。潤士郎と智の、互いを呼び会う声の内に秘めたる想いが。




智は籠に、まだ土の付いた大きな筍を三本も持ち、大層重そうにしておりました。
潤士郎は、それを軽々と持つと、台所の方へと歩き始めました。そしてその後に続く智に向かい、今日の出来事を語り、今、この邸に客人が居ることを告げたのでございます。


「それで、お前に頼みたいことがあるのだ」

「ん?」

「お一方が怪我をされたのだ。矢傷だ。腫れたりせぬよう、薬草を採ってきてはくれまいか?」

「ん。わかった」

智はそう短く答えると、飄々と出ていったのでした。



稚児が傷を負ったことを知った国司の勧めもあって、主、翔の君、稚児、雅紀と和也は、暫くの間、離れの一棟に滞在されることと相成りました