※航海士──櫻井翔

  昨日の事故の影響は、小さくはなかった。

  昨日、智くんがしたソーラーパネルの整備作業で、エネルギー生産率は改善された。どの恒星からも遠いこの様な場所では、ソーラーパネルに付いた僅かな傷や汚れでも、大きな損失を生む。

  だがその作業中、智くんに隕石が衝突し、その衝撃で船体が僅かに傾いた。その僅かな傾きが船の航路を狂わせ、その修正にかなりの時間を費やしていた。


「翔チャン」

  少し苛々してきた所へ、相葉くんがやって来た。

  振り向いてその笑顔を見る。
  俺は、この笑顔にいつも癒されている。でも今日は違った。

  何かが違う。そう感じた。

「随分かかってるみたいだけど…昨日の影響?」
  だが、話しながら近づいてくる彼はどう見ても相葉くんだ。


  いや…思い過ごしか…?

  俺は作業に戻って言った。
「智くんは?どうだったの?」

  コントロールパネルを操作し、やっと軌道修正を終える。でも、俺の仕事はまだ終わりじゃない。船内に異常がないかチェックしないといけない。

「うん。大丈夫。どこにも異常はなかったよ」

  そう言う相葉くんの手が俺の肩に掛かる。

「ねぇ…まだ終わらないのぉ?」
  甘えた様な声を出して、顔を寄せてくる。
「うん…」

  俺はいつもの手順でチェックしていきながら、相葉くんに甘えられるのは、悪くない。と、思いつつ、でも、何か予感めいたものを感じていた。それも、悪い方の。



  その予感が、当たったようだ。

  順調に進んでいた俺の手が止まる。

「…終わったの?」
  相葉くんは、後ろから被さるように俺の体に手を回し、耳元で囁いた。

「いや…」



  俺は何も言えなかった。


  数値がおかしい。
  酸素と二酸化炭素の濃度。これでは “1人分” 誤差がある。



「何かおかしなトコでもあった?」

  妙に優しく囁く相葉くんの手が、俺の胸元を妖しく動き回っている。

  その動きに気を取られていると、首筋にキスされて慌てた。
「ちょっ…!やめろよ!」

  相葉くんを払う様に体を捻る。
  そこで、今まで見たこともない相葉くんの表情にドキッとした。



  妖艶……そんな言葉が閃いた。

  彼の整った顔から、妖しい色香が薫る。

  目が…離せない。



「翔チャン…俺の子ども…」
「え…?」

  胸にあった手が頬を捉え、俺の首を固定した。そこへ彼の顔が迫ってくる。


  頭の中で声がする。



  逃げろと叫ぶ声と、受け入れろと囁く声と。


  そうして動けないでいる内に、俺の視界は相葉くんの円らな瞳で一杯になって…。

  唇に熱い息が掛かる。唇と唇が僅かに触れて、微弱な電流が走った。

  思わず首を竦め、顔を背けた。

「翔チャン…お願い」