彼 20 | 櫻葉で相櫻な虹のブログ

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キスをされるんだと思った。




潤む近い目はオレを挑発する。恐らく無意識に。




「しないの?」




その問いはキスの事かセックスの事か。




「するよ」




なんて、そんなのは愚問だ。キスから始まるセックスの事だということくらい分かる。するかしないかという問にオレからの答えがひとつしかない事を分かって彼は言った。






「他の男と比べんなよ」




静かに言うこの言葉が彼なりの嫉妬だと良いなと思う。泣き喚く訳でもなく怒りを露にする訳でもない。淡々と聞こえるこの言葉は、だけど恐らく嫉妬なんだろう。彼は嫉妬しているんだと思う。オレが抱いた男に。




「しないよ」




彼がする嫉妬が嬉しいこと自体が不謹慎だと分かっている。そして今日のこの再会が無ければ多分、彼のことを思いながら他の誰かを抱く日がまた来たんだろうと言うことも。




「ほんとだな?」




だけどまた会えた。寝ても覚めても頭から離れないほど恋焦がれたこの人に。それならもう、他の人はいらない。




「絶対」




だって、この人とのこれからの関係だけが、今の自分にとって死ぬほど大切な事だから。










「それならいい。これからは俺だけにしとけよ」




静かに嫉妬する彼の真っ直ぐな目がオレを責める。何故自分以外の男を抱いたのかと訴えかけるその目もまた良い。




「ごめん」
    



素直に出る言葉は、彼のその目の奥の怒りにも見える感情に興奮しているから。彼のその感情がオレのせいなんだと言うだけで興奮した。





「別に怒ってねぇけど。つーか、俺たち付き合ってた訳じゃないんだから謝る必要無いし」




「もしかして拗ねてくれてたりする?」




「は?別に拗ねてねぇし」




「ほんとに?ほんとに拗ねてないの?」




「何なんだよ、うるせーな。拗ねてねぇわ。いい歳した男が拗ねるとかダサいだろ」




「そう?オレの事で拗ねてくれるなら嬉しいけどな、オレは」





こんな日が来ると分かっていたなら絶対に他の奴となんてしなかったのに。だけどどんな言い訳をしても他の男を抱いた事実は消えない。例え、どうしても会いたくて抱き締めたい相手との再会が非現実的にしか思えなくて、その想いが溢れ出た結果だったとしても。そんなのはただの言い訳に過ぎない。





「拗ねるとか拗ねないとかじゃないけどさ。これから先お前が俺以外の誰かの事抱いたら多分、俺は許すことは出来ないと思う」




それが無理なら一緒にいる事は難しい。続けてそう言った彼のオレを真っ直ぐに見る目がとても綺麗だった。


 





「あのさ」

 


「なに?」




「結婚しない?オレたち」





腕の中にいる彼に今この言葉しか考えられないのは、一年強彼のことばかり想って来た自分には物凄く自然で当たり前の事だった。









「結婚って……。お前、正気か?」



「正気だよ」



「俺たち、会ったの二回目だぞ?」



「二回目だね」



「分かってると思うけど、俺男だぞ?」



「分かってるよ」





また質問攻め。さっきもそうだった。部屋が綺麗であることに対して彼が疑問を口にしたのは何かしらの動揺だったんだろうと今気付く。この人はこんな時に少し早口で饒舌になるらしい。





「やったのだって一回……じゃないか。って言っても一晩だけだぞ?」




「そうだね、一晩だけだね」




「いや、だからさ、ほんと分かってんの?結婚って言うけどさ、なんつーの?なんか違ったとか思うかもしんねぇだろ?他の男の方がよかったとか、やっぱ女の体がいいわ、とかさ。お前すげぇかっこいいし、俺じゃなくたって……」





やっぱり早口で饒舌だ。合っていた真っ直ぐにオレを見ていた視線も外れる。





「それは無い」




だから即答する。この人の視線がまた自分に直ぐに戻って欲しいから。




「なんだよ、即答かよ。つーか、軽くね?」




呆れた声を出すけれど、視線はまたオレに戻った。その目はやっぱり綺麗でオレを興奮させる。





「そうだよ、即答に決まってんじゃん。他の男は欲の捌け口でしかなかったし女は無い。持て余す欲を満たせるかと思って抱こうとしたけどダメだった」




彼じゃないなら誰でも同じ。そう思った。彼との出会いまでは女しか抱いたことが無かったんだから当然その欲を女で満たそうとしたけど全くだった。





「女も抱こうとしたのかよ」




「それもごめん。でも結局女は抱いてない。やろうとしたのは事実だけど見ても触れても何の感情も湧かなくて逆に怖くなったよ。だからって他の男に欲情した訳じゃないよ?オレ、あなたにしかもう欲情しないみたいなんだよね」




女に触れれば流石にと思ったけど全然だった。自分とは違う構造の体に、それまではそれなりに反応していたはずなのにどうしても。男もそう。決して抱いた男に欲情した訳じゃない。




「なんだよ、それ。そう言うけど結局男抱いてんだろ」


 

「顔は見ないで即入れて腰振るだけだよ。キスもしない。あなたを抱いてるんだと自分に錯覚させるんだよ。だから相手の顔が見えると即萎える。当たり前だけどあなたじゃないから。最低なことしちゃったけど、だから余計に分かっちゃったんだよ」





こんな会話の中なのにずっと合っている視線はやっぱり良い。段々と潤む目の彼とオレの身長差は僅か。それなのになぜ、と思う上目遣いはわざとなんだろうか。




「分かっちゃったんだよって、お前なぁ……」




オレの最低な告白にどんなが言葉が彼から続くのかと思うけど、何故か不思議と不安は無い。抱きしめて感じる彼の呼吸も彼の鼓動の速さも少し上がったように感じる彼の体温も、その全部が自分の腕の中にあって甘さを放っているからなのかもしれない。




「だってほんとに分かっちゃったんだもん。女に無反応だった時はビビったけどさ、あなたの事考えたら秒なんだよ、マジで」




「秒って、大袈裟な」



「ほんとなんだって。マジで秒で勃つし」



「マジかよ。超やべぇな」





確かに今もやばそうだもんな、と言って笑う。




「襲いたいのめちゃくちゃ我慢してるからね」




彼の体を抱きしめてるんだから当然。本当は全てを脱がせ彼の肌に早く触れたい。あの日の記憶の彼の姿を現実にしたくて仕方がない。




「ははっ!なんだよ、我慢してたんだ?」




「そうだよ。会った瞬間からずっと我慢の連続中」




「会った瞬間からって……やべぇな」




楽しげに笑う彼は、あの日2人で泡だらけになってじゃれ合った時に見た彼だった。






「ねぇ、ホントに結婚しよ?もう、離れたくないんだよ、オレ。このままここに一緒に住も?ダメ?」





バカみたいなことを言っている自覚はある。だけどどうしてももう離れたくなかった。どんな返事を彼から聞かされようとも、離れる事は出来ない。あの日した後悔はもう絶対にしたくないから。










スーツのジャケットのボタン外したのは彼自身だった。片腕はオレの首へ回し、キスをしたまま反対の手のみでネクタイまで緩めた。そしてまたオレを抱き寄せるかのようにその手も首へ回し舌を絡めてくる。




ジャケットを脱いだ彼の体は自分の体に比べて薄く華奢。あの日もそれを知ってしまった時点でもう欲情していた。そして今は鍛えられた肉体がものすごく綺麗な事もオレは知っている。





「んッ……」




唇を離し、独占欲のまま噛み付いた首元には歯の痕がはっきりとついた。まだそこしか見えない彼の、だけど恐らく一年前と変わらずに綺麗な肌を自分がまた汚した事に興奮した。




「マジで変態だな」




マーキングがキスマークじゃなくて歯型とかイカれてる。そんな事を彼はその痕に触れながら言った。言葉とは違って嬉しそうな顔や声の破壊力はハンパじゃない。




「怒った?」



「いや?」



「それならもっと付けていい?」




彼の手を避けて付いた歯の痕に舌を這わせながら彼のネクタイを外してワイシャツのボタンに指を掛ける。一つ一つをゆっくりと外し、音をわざと立てながら彼の首筋を唇で何度も吸い舌で舐めた。




「……見えない、ところなら」




そんな事を言われても遅い。既に付いた歯型は恐らく見える位置にある。ワイシャツの襟元を少しずらしただけの場所にわざと付けたんだから見えて当然。





「見えなければいいんだ?」



「度合いによる」



「あの時のはセーフ?って覚えてる?」



「覚えてるも何も」




そう言った彼が溜息にも思える深い呼吸を一度大きくした。




「マーキングだとするなら効果は絶大だぞ?キスマークもだけどそっちより歯型はマジで誰にも見せられない」




一緒に暮らしていたという女との別れをさっき彼から聞いた。その相手との事を言っているんだと思う。




「別れたこと、後悔してるの?」




オレとの関係の痕跡がもしひとつも彼の体に残っていなければ、まだ彼らは一緒にいたのかもしれない。それまでのように彼はその女のことを抱き、オレとのことは日毎に記憶から薄れ、やがて忘れられることが出来ただろう。





「してねぇよ。痕が残っててもそうじゃなくても結果は同じだったと思ってる。正直、あの日の体の記憶は凄まじかった」





全然頭から無くなってくれねぇの、と少し困った顔をしながら彼がオレの胸元で言う。




「もっと言うとさ、女じゃ勃たなくなってた。たった一晩でだぞ?ヤバいよな。相手に仕掛けられても全くダメだった。体見せらんねぇってのが頭にあるからそれが原因かもしれないって思ったけど、痕が消えてからも全然ダメだったんだよ」





だから責任取って結婚のひとつでもしてもらわないと困るんだよ、と彼は笑わずに言った。それが結婚しようと言ったオレへの強烈にも思える彼からの返事だった。