「アイツ、やっぱすげぇな」
二宮君たちと別れてすぐに彼がそう言った。
「オレも少し驚いた」
正直思ってた以上だった。二宮君の意外な一面を見たと言ってもいいくらいだった。人懐こさと飄々さとそのバランスが良くて、だから人に好かれる事はわかっていたけれど。
「大事に思われてるんだな」
「オレ?」
「他に誰が?」
そう言って彼の方からオレの手を握る。もしかしたら彼の友人たちの視界にまだオレたちがいるかもしれない距離なのに。それなのに、そんな事は気にもしないようにオレを真っ直ぐに見た。
「少しヤキモチ」
それからオレの目を見たままそう言った彼は、今の今までそんな風には見えなかったのに
「ダサいよな、ごめん」
オレのことを欲しがっているように見えた。
「どうする?」
彼のこの言葉の意味は、今からの行き先のことを言っているのかそれともこれからのオレたちのことを言っているのか。そのどちらにも捉えることができた。
「ずっと一緒にいる」
今からの事にしてもこれからの事にしても返事は同じ。これ以上に相応しい言葉は見当たらず、だから即答だった。
「それは分かってんの」
オレの即答に「バカじゃん、それは当たり前」と子供みたいに笑う。その彼と、オレの手を強く握り直してやっぱりオレの事を欲しそうにする彼の目と。そのどちらもがたまらないと思う。
「当たり前なんだ?」
期待する答えが返って来ることを分かって聞く。
「違う?そうだろ?」
さも当然だと、強気な彼の顔もいい。優しいだけでは無い彼のそんな表情にも正直痺れる。
「そうだね」
そんな彼の色々な表情であったり言葉であったり、彼を形成する全てに惚れた。
「とりあえずオレ、めちゃくちゃ酔ってるらしいんで家までお願いしていいかな」
二宮君が彼ヘオレを送らせるためにした説明によるとオレはかなり酔っていていつものオレじゃないらしい。
「つーか、家。……行っていいの?」
だから先生を送って欲しい、と二宮君が彼にした説明はあくまでも彼の友人たちに向けてのものだった。
「いいよ?なんで?」
「いや、だってすげぇ急だし」
「だからなんで?別に大丈夫だけど?」
彼のこの反応は、オレの家にやましい何かがあるとでも思っているのかもしれない。例えば過去の女の何か、とかなんだろう。そんな心配は必要無いのに。
「それならお邪魔しようかな」
ほんとにいいのか?と念を押す彼に、別に家じゃなくてホテルでも良いけど?と言えば赤面するから堪らない。
「何なんだよ。エロいんだよ、お前」
「そう?先に仕掛けたのはそっちだと思うけど?」
「は?いつ俺が?」
「だって食いたいんでしょ?オレのこと。ってダメだけど。オレが食うから」
手を繋ぎ歩く道はあの日と同じような景色。暗い街並みの少し離れたところにオレが勤める病院が見え、飲み屋を出て少し歩けばあの日の派手なホテルが目に入った。
「ねぇ」
「んー?」
「なんでこのホテルだったの?」
あの日、飲みすぎたからと言った彼は休憩の場としてこのホテルを選んだ。休むだけならばどこかの喫茶店でも漫喫的な場所でも良かったと思うのに。どう考えてみても初対面の男ふたりで、その意思も無いのに立ち入る場所では無かったのになぜだったんだろう。
「そんなの決まってんじゃん」
あの日、彼と出会い酒を飲んだのは本当に偶然の出来事だった。瞬間的に気の合う男だと思った。楽しく酒を共に飲み、酔いが回ったと言う彼を一人にさせたくなかった。それは単純に心配だったから。深く考えることも無く、そんな彼を介抱してあげたいとそれだけだったから躊躇わずに入る事が出来たんだと思う。
「あそこなら絶対二人きりになれると思ったんだよ。他の誰にも邪魔されないし雑音も無い。他の場所を考える時間も勿体なかったってのも正直あったかな。もうあと少ししか一緒に居れないことくらいは分かってたから、それなら少しでも長くと思ってたまたま目に入ったあそこにしたんだよ」
納得?と、話す彼と手を繋いだままそのホテルの前を通り過ぎる。その瞬間にオレの手の握る強さが増したことを彼は気付いたかもしれない。
「もしかして俺、超恥ずかしい事言ってる?」
そうおどけて言う彼はやっぱ気付いたんだよね。だけど、わざとしたわけじゃない。あの日のオレたちのその記憶が自然と彼との密着を求め強くさせたんだと思う。
「オレの家も、誰の邪魔も雑音も無いから」
ちなみ防音もバッチリなんで、と彼にならっておどけて言えば
「ったく。だからエロいんだよ、マジで」
呆れた声を出した彼の表情の方のオレにエロく見えた。