お隣の櫻井さん 1 | 櫻葉で相櫻な虹のブログ

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もしかしたらずっと好きだったのかもしれない。




もしかしたらそう思っていた事自体が錯覚だったのかもしれない。




幼かった頃に抱いた感情の正解を今解こうとしても無理な話。だってどう頑張ったって分からないから。





でも分からないから良いのかもしれない。





だって少なくともオレの中であの人は、今もとても良い思い出となっているから。














隣に住んでいたその人はいつでもどんな時でもオレの味方になってくれた。





クラスの奴と喧嘩をした時も親に怒られた時も。不機嫌な理由がどうであれ、その人と会えばその全部を忘れる事ができた。って、ホントは忘れちゃいけなかったんだろうけど。






『雅紀は良い子だよ。だから大丈夫だって』





いつもそう言って頭を撫でながらオレのことを励ました。だから今のオレの口癖は「大丈夫」ってやつ。今も何かあった時にはその人のその言葉に勝手に励まされている。







その人の事をなんて呼んでいたんだろうと考えるけど、当時幼すぎたオレにはその顔も名前も思い出せない。だけど間違いなくその人の事が好きだった。





会えなくなって数年が経った時にふと、それが幼いながらにも恋だったのかもしれないと思った事もあったけれど、相手は同性だから錯覚だったんだろうと言うことで自分の中でケリをつけた。





だけどもしまた会えるなら会ってみたいと思う。そんなチャンスはないのかもしれないけれど。でも会ったら分かる気がするんだ。






当時のオレが、その人の事をどんな感情で思っていたのか、を。













「雅紀、雅紀!!ビッグニュース!!」





いつも騒がしい母さんだけど、今日は一段と騒がしい。声のトーンからしてどうやら彼女にとって楽しい事があったらしい。






「テンション高」





いつもの事だからこんな感じで素っ気ない返事をしてしまうけど、この年頃の親子にしては仲が良い方だと思っている。






「聞いたら驚くわよ〜!あのね、なんと!櫻井さんちがこっちに戻って来るんだってぇ!」






やったね!と、まさにウキウキと言う言葉がハマる程にテンションの高い母さんに嬉しそうにそう言われても全くピンと来ない。櫻井と言う名前はオレの中の記憶には無い。






「ごめん、櫻井さんって誰?母さんの知り合い?」





オレに言うんだからおそらくオレも知っている人物なんだろうけど思い出せない。片っ端から頭の中の引き出しを開けてみるけど反応は無し。






「え?!分からないの??嘘でしょ?!」




「だからごめんって。えっと……その、櫻井さん?って、オレも知ってる人?」





どう頑張っても思い出せない。開けられそうな引き出しは全部開けた。だけど戻って来ると言うからには元々はこの辺に住んでいて、母さんの口振りだとオレにも関わりのあった人間なんだろうけど。







「もう!何言ってんのよ!あんなにお世話になってたのに!お隣さんじゃないの。お隣の櫻井さん。本気で覚えてないわけ?」





「お隣?って隣はだいぶ前から空き家じゃん」






たまに人の出入りがあるのは知っていた。だけどそこに誰かが住んでいるわけではなかった。それならさすがにわかる。たまの人の出入りはその家を管理している人物によるものだと前に母さんに聞いたことがあった。







「そっかぁ、記憶に無いか。まぁ確かにお隣さんが住んでた頃は雅紀まだ小さかったもんね。名前まで覚えてないかぁ」






そうだそうだとひとり納得した母さんは、櫻井さんちとオレんちがどれだけ仲が良かったのかを話し続けている。






「へぇ。……そうだったんだ」





だけどどんなに話を聞き続けても櫻井という名前は思い出せない。だけどオレは今めちゃくちゃに興奮している。記憶の中にいるあの人の事が今分かるのかもしれないんだから。




 



「でも、翔くんの事は覚えてるでしょ?あんなに遊んでもらったんだから」






あっさりと母さんの口から出た名前を聞いて心臓がめちゃくちゃ早くなる。思い出したくても思い出せなかった名前なんだから当然。






「あ、あぁ。何となく……」






そう、そんな名前だった。忘れてしまっていた名前は、幼かったオレですら思うほどに綺麗な名前だった事を思い出した。








「ほんとによく出来たお子さんでねぇ。雅紀はいっつも後を追っていたわよねぇ」





「へぇ。そんなに?」





「そうよ?いっつも、しょーちゃん、しょーちゃんって言ってね。翔くんが友達といる時でもお構い無しに入っていってたのよ、あんたは」






完全に思い出した。呼んでいた名前はとても好きな音だった。周りには誰もそう呼ぶ人がいなくて、幼いながらに特別なものを感じていたんだった。






「そう……だったかな」






めちゃくちゃにしている興奮を母親の前では出したくない。同性の幼馴染とも呼べるような人間の話題でこの興奮は、やっぱり何となくかっこ悪いから。





「そうよ?また会えるなんて楽しみ〜!」





だけどオレの内心なんて気にせずに、夕飯の支度を始めた母さんが突然






「そういえばあの頃が翔くんってめちゃくちゃ可愛い顔してたわよね」






なんて言うから、さらに心臓の動きが速くなってしまった。