「おはようございます」
「おはよう」
「櫻井さんすみません、あの件なんですけど…」
月曜の朝は忙しい。それは毎週そう。今日に限って特別な訳では無い。
「ああ、それね……」
次から次にかかる声の一つ一つに誠実に接しているつもりではいるけれど、相手からしてみたらどうだろうか。
「ありがとうございます、やってみます」
「頼む。あぁ、休みの日でも急ぎだったら連絡してくれて構わないから」
そうは言ってみるけれど、実際に休みの日にまで上司に絡みたいやつはいないだろう。自分なら余程のことがない限りごめんだ。
「ありがとうございます。もしもの時はお願いします」
礼を言われてふと、偉そうに聞こえたかなと思ってみるけれど。まぁこんなもんだろうと自分で納得してからデスクに着いた。
土日のうちに来ていたらしいメールを片っ端からチェックしていく。急ぎなのか急ぎではないのか。その作業をある意味で黙々とこなす。よく見る名前がほとんどの中、相葉、と言う文字が見えて手が止まった。
内容は当然仕事の事。個人からのメールはよくある事だし、相葉から社内メールが来ることだって今日が初めてじゃない。
だけどその名前を見て俺は、メールを開く前に自分の周りに人がいないかどうかを確かめた。
「……急ぎではなさそうだな」
しかもわざと声まで出す。このメールは特別なものでは無いんだとという事を誰にでもなくしたアピールは一体。
「えぇ、あぁ。なるほど。これは電話の方が早いな」
完全なる独り言。だけど周りに聞かせている。あの一件だけに声を出した訳では無いんだと、誰も分からないのに誰かに言い訳をしたのは周りから見れば不自然だったかもしれない。
「メールの返信ありがとうございました」
昼を社員食堂で済ませようと思った事は久しぶりだった。そしてまさかここで彼に会うなんてことは全く考えてもみなかった。
「あぁ、お疲れ様。あれで大丈夫そう?」
「ん。大丈夫そう、です」
「そっか。それなら良かった」
「助かりました、ホント」
会話の途中でごく自然に向かいの席に彼が座った。
「土日も仕事してんだ?偉いじゃん」
その両方を俺と会っていたのに。と言っても一日中会っている訳じゃなないからそんな時間も当然あっただろうけど。
「少しだけですけどね。今朝までにどうしてもやらなきゃいけなかったから」
そう言ってトレーに乗せたパスタを食べ始める。最近のは社員食堂と言っても洒落ていて、彼が食べているパスタも美味そうだ。
「ナポリタン?俺も好きなんだよね」
「あ、マジで?合いますね、オレたち。なんて」
照れたように言うけれど俺も思ったんだ。昨日のあの店で。相葉が頼む料理の数々はその全部が自分の好みだった。たまに意見を求めるように俺の方を見たけれど、任せると言った俺に嬉しそうにした顔も嫌いじゃなかった。
「明日はそれにしようかな」
「うん。オススメ」
「やっぱ今食おうかな」
「ふふ。それ、今食べたのに?」
「やっぱ、明日にする」
「ふふ、ですね」
俺の向かいに座ってフワフワとした笑顔で食べるナポリタンはめちゃくちゃ美味そうで。
「昼休憩とは思えない癒しだな」
そんな言葉がうっかり口から出たのは、正直俺らしくなかった、と思う。