切りたくないと言われた電話は有言実行で、聞こえてくる音で今櫻井君が何をしているのかが分かった。
どうやら家は会社に近いらしい。仕事が終わってすぐに貰った電話はまだそこまで長くは話していない。せいぜい数分といったところだろう。
「で、明日は何時頃大丈夫?」
「んー、そうだな。体調不良予定なんで何時でも大丈夫」
「ふふ、マジで?」
「マジマジ。早くから看病して貰えたら有難いけど?」
楽しげな声と一緒に聞こえていた風の音は割と直ぐに終わって、鍵を開ける音がしたのはそれからすぐだった。
教えてもらった住所はオレの家からそう遠くはなかった。行きなれている場所では無いけれど知らない場所でもない、そんな感じ。
だけどそこはオフィス街ど真ん中で人なんか住んでるのかと思うような地域。櫻井君の暮らす家が本当にあるんだろうかと、疑うわけではないけれど多少の疑問に思うことは許して欲しかった。
「いらっしゃい。迷わなかった?」
迷いはしなかった。マップも見たし途中で櫻井君に電話もしたから。だけど何度も確かめた。いや、確かめざるを得なかった。マンションの前に着いた瞬間にもまた櫻井君に電話をしたのも仕方ないと思う。
「迷わなかったけどかなり迷った」
「はは!何それ」
「いや、笑ってるけどさ!こんな凄いところだなんて櫻井君言わなかったじゃん!!」
オフィス街に住むところなんかあるのかと疑問に思ったオレは多分絶対に正しい。だって庶民には選択肢としてすら考えないマンションしかない地域だから。今ここに来るまでは、この場所に住むためのマンションがある事すらオレは知らなかった。
「はは!ごめごめん。喜んでもらえたなら良かった」
「喜んでねぇわ!ビビってんの!」
「なに?ビビってんの?ビビることなくない?別に普通の家だよ」
ここを普通の家だと言う感覚がオレには分からない。いや、櫻井君にとっては普通なのかもしれないけれど、多分一般的にはめちゃくちゃお金持ちの家って感じ。
「櫻井君、もしかして妻帯者?家族いたりする?」
だって一人暮らしとは思えない。彼女の有無は聞いたような気がするけれど。彼女じゃなくてまさかの世帯持ちなんじゃないかと思ってしまう。リビングだけ見ても相当な広さな上に部屋が他にも何個かあると言う。
「なんで?独身の一人暮らしだけど?」
「ほんとに?1人にしては広すぎない?」
「あぁ、そういうこと?元々家族で住んでたからね、ココ。今は俺しか使ってないけど」
知らなかった?って聞くけれど知るわけがない。オレが櫻井君のことを遠くから見ていた学生時代は誰がどこに住んでいるかなんて仲が良い友達でもほとんど知らなかった。
「ここからあの学校に通ってたの?」
「そうだよ」
「それで会社も近いの?」
「そうだね。自分の会社だから家から近い方が便利だし」
「まぁ、そりゃ近い方が便利……って、え?」
なんか今サラッと凄いことを聞いたような気がしたけれど。随分と当たり前に話していたからきっとオレの聞き間違いなんだろう。
「職場近い方が効率的だからさ。って親父が作った会社だけどね」
最近継いだんだと説明を受けたけど、それでも驚くのは同じ。さらにこのマンションの全部が自分のだと言うから声も出ない。
「…………マンションも?」
「そうだよ?」
「…………この部屋だけじゃなくて?」
「部屋だけじゃなくて。全部」
「うわ!超お金待ちじゃん!!」
さっきとは違う意味でテンションが上がる。別に櫻井君ちがお金持だから何って事は無い。だけど、テレビの中でしか見ないような家にいる現実に興奮しているんだと思う。
「はは!なんだよそれ、またストレートだな。金持ちかどうかは置いといて、とりあえず社長になって早々サボってちゃマズイよな、くらいの罪悪感はある」
「やば……。オレ、社長に仮病使わせちゃったの?」
「はは、社長に仮病って!」
「だってそうでしょ?」
櫻井君は笑ってるけれど、オレ、ダメじゃない?いやオレか休ませた訳じゃない?櫻井君が勝手に……なんて違うよね。オレが休みに会おうなんて言ったから。
「大丈夫だよ。自宅で仕事するって事にしてあるから」
だから外には行けないけどごめんね?と言った櫻井君が
「やっと3回目だな」
と、呟いてからオレの手をまた握った。