潤君に連絡を入れた方が良いんだろうか。
いや、考えるまでもなくするべきだ。絶対。
だって元はと言えば潤君発信の話。
3人で飲みに行こうと言う潤君からの言葉でこうやって櫻井君に連絡することが出来たんだから。
……だけど。
「……今度でいいか。うん、まだ詳しく決まったわけじゃないし」
一応とスマホを手に持ってみたけれど、数ある番号の中に潤君の名前を探す前にまたポケットの中にしまい込んだ。
櫻井君との電話にオレは喜んでいる。間違いなくテンションが上がっている。今の自分の足取りの軽さは誤魔化しようのない事実。
今のオレはあの頃の櫻井君しか知らないのに。いや違うか。あの頃だってオレは櫻井君の事はほとんど知らなかった。遠くから楽しそうにしている集団の中にいた櫻井君をただ見ていただけ。だから、オレが知っている櫻井君の情報は極僅か。
それなのになぜ今こんなにも彼のことが気になるのか。なぜ、今の電話にこんなにもテンションが上がっているのか。
『俺から連絡するのはあり?』
そして、聞くまでもないと思う櫻井君の言葉が頭から離れないのは何故か。
「……って、別に連絡待つわけじゃないし」
そう。だって社交辞令だろうから。分かっている。次の連絡もきっとオレからだろう。オレからしなければこの話は恐らく実行されない。
「まぁ、当たり前だよね」
だけど浮き足立っているのは現実。だからってそれが恋愛のそれでは無い。あの頃が懐かしいと思ったから。そしてあの頃見ていた櫻井君の笑顔の今を見てみたいと思ったから。話したことのなかった櫻井君の声を耳元で聞く事が出来たから。
「あー、何好きなんだろ。全然わかんないや」
オレはもう行くつもりでいる。だからきっとすぐに連絡を入れるだろう。櫻井君の好みなんて知らない。全く。何一つ。それでもきっと。
「男ふたりだし居酒屋でもいいか」
酒が飲める店が良いな。何かを意識したような店は痛いと思われるだろう。それこそ男女で行くような店は。
「居酒屋……。うーん、もう少し洒落ところが良いのかなぁ……」
初めてのそれこそデートと言えるような時にはどんな場所に行っていたかな。オレの場合それは男女ではなかったけれど。そしてちゃんとしたデートと言えるものなんて今までの記憶の中には無いけれど。
「んー……」
って、オレさっきからずっと櫻井君の事ばかり考えている。いや、初めて話してから間もないんだから仕方ない。うん、そうだよ。気になって当然。だってあの頃も気になっていたんだから。
「あの頃……」
何であんなに気になっていたんだろう。何にあんなに気になっていたんだう。いつも周りに人がいていて楽しそうに笑う櫻井君のことを目で追っていた日々は何故かオレにとってとても楽しいものだった。
「とりあえず楽しみって事で……」
あの頃とどう変わっているんだろうか。そもそもで櫻井君はどんな人なんだろうか。
『知らないって怖いよね』
違う。さっきの話は知らない番号からの着信の話からの例え話。何も知らない櫻井君の事にオレは今興味がある、ものすごく。知らないから知りたい。どんな事でもいいから。
「めちゃくちゃ変わってたりして」
見た目と笑顔。そのふたつしか知らない。あと知っている事は潤君と友達だと言うことくらい。いつも櫻井君の周りにいた人達の事をオレは何故か一人も覚えていない。
「思い切り老けてたりして」
でも電話の声はすごく良かった。聞いていて気持ちの良い声だった。あの頃の笑顔と合わせてみればそれはやっぱり少し違和感はあるけれど。それは年齢を重ねているんだから当然の話。
「金髪は……さすがにないかな。ふふ」
もしかしたらオレは、今の櫻井君に会うことであの頃の自分が櫻井君の事を目で追っていた理由を自分自身で知ることが出来るかも知れないと思っているのかもしれない。