キスしたいと思った。
こんな時だからなのかな。
こんな時だから、こんなにも強くそう思うのかな。
だけど、そんなことは出来ないとわかっている。だって、オレたちがキスをする理由なんてないから。
そう分かっていながらも自分の目が翔ちゃんの唇ばかりを追うのは自覚があって。
「相葉さんさ、見すぎだから」
勘の良さだけで言ってるわけじゃないよ、とニノに言われても仕方がない。
「……ごめん」
「謝ることじゃないけどさ、いくら鈍い翔さんにだってバレるよ?そのままだったら」
いいの?って首を傾げるニノの目をうまく見る事が出来ない。
「……もう……バレちゃえばいいのに」
「なに?」
「だから…さ。翔ちゃんにバレたら……楽なのになって思ってさ」
「何言ってんのよ、バレたら終わりじゃん。いくら相葉さんでもさすがに厳しいって」
「んな事分かってるよ。でももうさ、我慢無理かもって思うんだよ。オレ今、限界……だからさ」
でもそんな風にいくらオレが思っても現実には何も変わらない事だって分かっている。
「相葉くん、大丈夫?調子悪いわけじゃない?」
「え?何が?」
「いや、なんか今日、静かだなと思って?」
仕事でしか会うことが無い翔ちゃんからの酒のお誘いは嬉しいものなんだけど。でもタイミングが悪い。我慢出来ずに言っちゃいけない言葉を言ってしまうんじゃないか、なんて自分に自信が無い。
「そう?最近のプライベートのオレってこんなだよ?」
たぶん……と心の中で付け加える。確かにいつもと違うと自分でも思う。だからそんなオレを見て翔ちゃんが不思議がるのは正解で。
「ふーん」
「……ふーんって。全然興味ないじゃん」
「あ、相葉くん何飲む?」
翔ちゃんの一言に小さく反抗の言葉を言ってみるけど、聞こえるわけのないレベルの声は届いてなくて安心する矛盾。
「ビールで」
「おけ」
店員を呼んで、酒とその他にも色々と頼み始める翔ちゃんの、その口元ばかりを見ているオレは
「……やっぱ……良いよな」
頬杖を付いてずっと翔ちゃんの口元だけを見ていたから、翔ちゃんの声が耳に入らなかった。
「おい、聞いてんのか?」
「え?」
「はぁ……、お前聞いてなかったの?俺の一世一代を……」
ため息と意味のわからない言葉がオレをビビらせるのは昔の話で。今のオレは
「ごめん、聞いてなかった!一世一代って何?あ、もしかして翔ちゃん、オレに告白でもしてくれた?」
なんて。こんな事を冗談にして聞けるようになったのは若い時よりも距離が近くなったから。
「くそ……聞こえてたんじゃねぇか」
冗談のつもりで聞いたオレの言葉に顔を赤らめながら横を向く翔ちゃんの姿は、今の言葉が冗談では無いと言っていて。
「……マジ?」
オレを動揺させた。
「で?返事は?」
「ふふ、ほんとせっかちだよね、翔ちゃんって」
「は?せっかち?だって俺今告ったんだよ?しかも言ったらダメだって思ってたのにさ。でもさどうしても他のやつに取られたくないんだもん。って、いいから早く返事聞かせろよ」
いつも冷静な翔ちゃんがすげー早口で。もしかしたらオレよりも翔ちゃんの方が動揺しているのかも。なんて。そう思うと物凄く翔ちゃんが愛おしくなった。
「翔ちゃん、キスしていい?」
これがオレの返事。オレが翔ちゃんに言いたかった言葉。それを今言えるなんて。
「キス?もう?えっ?それってオッケーって事?」
「ほら、いいの?ダメなの?早く答えてくれないとしてあげないよ?」
焦るように返事の言葉を探している翔ちゃんに、躊躇うことなんかしないで唇を重ねるだけのキスをした。
「……これって、オッケーだって事だよな?」
「ふふ、当たり前でしょ?」
オレの言葉に翔ちゃんが安心したような顔をしたと思ったのに。
「俺がいるからな」
暖かい腕に抱きしめられて安心したのはオレで。
気付けば翔ちゃんの胸の中で、声を上げながら泣いていた。
キス 2020
おわり