この前、東山魁夷の作品を見てきた。

平日の昼間だったが
結構、人が鑑賞していて会場は混雑状態だった。


今回は宮城でも開催されていて、やっぱり人気画家の絵だからね。


この人の絵は、長野の善光寺の近くの信濃美術館でも
数年前に見たことがあり、風景画の壮大さが印象に残っていた。


東北や信州の風景、日本海の襖絵が何とも迫ってくるようで、
ヨーロッパの木立や林の中に吸い込まれそうな感じになる。



今回近くで絵画を見つめていると、

深緑が印象的で、もやがかかっており、
静寂の中に自分がいるようだ。



<緑響く>の白馬もいいが、種差海岸の<道(試作)>を

絵葉書サイズの額縁に入れて時折見つめている。



なんとも、見ていると穏やかな気持ちになってくる。



会場の最後に、文面で、

年をとって、枯れているのが寂しく悲しいようだけど


若い頃になかった、自然の美しさや感動が深く味わえるような
ことが良いというような、


確かそのようなことを作者は言っていると思ったが、
まさしく、そんな感じに思えた。






またまた地震があった。


今度はアメリカの方で
M7.7というから大きい。


日本への津波の影響は
ないといっていたので安心する。


ハワイの方でも水位上昇が数十センチだという。


それにしても、地震がこんなに身近に
災害意識として感じられるようになったのは、


震災以降なのは勿論だけど、
日本でも過去の歴史を振り返ってみると、
地震が活発化する時期があったようだ。


現在そのような時期に
入ったといっている本も出ているね。


あまり災害に神経質になるのも
良くないけど、首都圏直下型や南海トラフ
などよく取り沙汰されているから。


東日本もプレートのストレスが
ほぼ解消されたといっている。


そして、震災のときに宮城県沖地震の
震源領域も同時に破壊されたといっている説もある。


これによって、以前のような感覚で起きないとか
言われているのもあるけど、ホントのところはどうかな。


今日も地震があった。


最大震度3で、少々ごそごそする感じだったから
たいしたことはなかった。


それでも、最近は、些細なことだけど、
岩手沖から茨城沖にかけて
M2からM3クラスの地震が生じている。


大震災から、1年半以上経って
大きな余震を感じることはなくなった。


週刊誌やテレビでM8クラスの余震がないのが
気になるという記事があったりして、
不安になったりする。



先々のことをイチイチ気にしていても
仕方がないことだけど、


先のスマトラ沖の地震では、
数年後に、そのような大きな地震があった。


日本に即、当てはまるかは、分からないが
事例としてある。


こんなこと考えていて、
身近に生じたら困るが、


時が経過すると、備えのことも、どっかに
行ってしまいがち。



どうしたものか...