「暑いですね。」
今では、誰かと顔を合わせれば自然と口から出る言葉になった。
昔も夏は暑かった。
子どもの頃の記憶をだと、照りつける太陽の下で夢中になって遊んだり、汗だくになって家へ帰ると、冷えた麦茶が何よりのごちそう。
今からじゃ、想像できないが砂糖を入れて飲むのは普通だったような…(笑)
扇風機の前で「あー」と声を出して笑ったり、夕方になると少しだけ風が涼しく感じられたり。
暑さの中にも、どこか季節を楽しむ余裕があったように思うけどね。
けれど今は、その頃とは全然違うな。
玄関のドアを開けた瞬間に押し寄せる熱気。
まるで巨大なドライヤーの風を全身で受けているような感覚になるし、朝だから少しは涼しいだろうという期待も、あっさり裏切られる。
空を見上げれば雲ひとつない青空なのに、その美しさを楽しむより先に、「今日は何度まで上がるのだろう」と心配してしまう。
夏を楽しむ前に、まず身を守ることを考えなければならない。
そんな季節になってしまったな!
毎日のようにニュースでは「危険な暑さ」「熱中症警戒アラート」という言葉が流れ、気温は体温を超える数字が珍しくなくなった。
先日も、熱中症に関する記事を目にした。
暑さは誰にでも平等に降り注ぐけど、その影響は決して平等でない。
体力のある人も、高齢の方も、小さな子どもも、屋外で働く人も、室内にいる人でさえ、油断すれば熱中症になって、毎日テレビでも1日やっている。天気番組で終わってしまうようだ。
「まだ大丈夫。」
その一言が、一番危ないのかもしれない。
人の体は不思議なもので、少しずつ環境に慣れてしまうし、暑さにも慣れたような気になり、疲れにも鈍くなる。
だから、自分でも気づかないうちに限界を超えてしまうことが怖い。
喉が渇いたと感じた時には、もう水分不足が始まっているともよく耳にします。
「あと少しだけ頑張ろう。」
その「あと少し」が積み重なって、突然体が悲鳴を上げるでしょうね。
無理というものは、自分では案外わからないし、だからこそ、休むことを意識しなければならないな。
昔は「根性」という言葉が美徳だった。
暑くても頑張る。
汗を流して働く。
多少の無理は当たり前。
そんな価値観が確かにあったけども、
この暑さだけは気合いではどうにもならない。
自然を相手に精神論は通用しないくらい暑い。
エアコンを使うことも、日陰を探して歩くことも、冷たい飲み物を持ち歩くことも、死活問題になっているよ。
暑さを我慢することが立派なのではない。
元気で家へ帰ることのほうが、ずっと大切。
だんだんと、そんな当たり前のことが少しずつ身に染みるようになった。
若い頃は多少無茶をしても何とかなったけどね。
寝れば回復したし、一晩眠れば翌日には元気だったし。
でも今は違うね。
疲れは少しずつ積み重なり、体は正直に反応するから、
自分の体の声を聞くことも、後々のことを考えると大事になったのかな。
水はちゃんと飲んでいるか?
帽子は持ったか。
日陰のある道を歩けそうか。
ほんの少し前までは考えもしなかったことが、今では日常になっている。
暮らし方そのものが、暑さに合わせて変わってきたししょうがないね。
春には花を眺め、秋には紅葉を楽しみ、冬には温かい食べ物にほっとする。
そして夏には、暑さと向き合いながら過ごしていく。
自然を変えることはできない。
毎年毎年このようなことだからな。
とにかく面倒だけど、
こまめに水分をとる。
しっかり食べる。
よく眠る。
疲れたら休む。
でも、その積み重ねが、今日を無事に終えるための大切な一日。
今年の夏も、まだ終わりそうにない。
だから焦らず、無理をせず、一日一日を丁寧に過ごしていこうか!