僕が、心を壊しかけながらも研究室へ通い、同じ研究室の他の誰よりも研究をすすめていたと感じていたにもかかわらず、修士2年の初めに教授から「君は、今まで何もしていなかっただろ」と言われた決定的な理由は、僕が心を壊していたことが原因で教授とのコミュニケーションがうまくとれていなかったことだった。

 

ただ当時の僕には、そんなことに気がつく余裕はなかっった。

僕にできるのは、目の前のやるべき実験を進めれば、その先の道が見えてくるに違いないと信じることだけだった。昨日よりも前に進むために、今いるところから抜け出すために、必死に目の前の実験だけを進め、そして、反動で苦しくなって家から出られなくなる、という日々を繰り返した。

 

いつまでたっても、同じところを空回りする自転車のペダルを、こいでもこいでもどこにも辿り着けないペダルを、ただ、ペダルをこぐことだけが自分にできることだと信じて、時々休みながらもこぎ続けるような日々だった。

 

そんな日々の中、実験進度を報告へ行く度に教授から言われた言葉は「それで?」の一言だった。目の前の実験を進めれば道が見えてくると信じていた僕にとって、目の前の実験を進めた先のことまでは考えられなかった。したがって、研究の方向性も見えていなかった。だから、教授の「それで?」に対する僕の返答は、いつだって「・・・?」だった。

 

教授はきっと、僕がどうしたいのか分からなかったことだろうし、ただ無用な実験を進めているように見えたことだろう。

 

次第に、僕は教授への報告を怠るようになっていった。

もはや、進むべき道は見えないし、自分が何をすべきかも分からないし、教授への報告の仕方も分からなくなっていた。

 

ある時、教授から「君はどうしたいんだ?」と聞かれたことがあった。

その時の僕は、自分がどうしたいのかを答えられなかった。

ただ、この場所から離れたかった。

ここじゃないどこかへ行きたかった。

大学院を辞めて就職するのもいいと思った。

ただ、大学4年生の時の就職活動を思い出し、そして、今やるべきことができていない自分を顧みた時、就職できる自信がなかった。

こんな自分が、この先、社会を生きていく自信がなかった。

ここじゃないどこかへ行きたいと思いながら、ここじゃないどこかで生きていく自信もなかった。

 

 

その時の僕は、この気持ちを誰にも相談できなかった。

 

(つづく)