もう6月の下旬から、土日の朝の走りを止めています。最低気温が25度を超えたら走るのは健康によくないと思っています。

 

 本日、7月7日(日)の朝日新聞の歌壇・俳壇から。

                                          

 まず、俳句。

 

 「幻の翼広げて昼寝の子」。「島の子の水着のままの行き帰り」。「犬はただ見てゐるだけの水遊び」。「父の日とことさら言わず娘来る」。

 

 「祝白寿卆寿(そつじゅ)傘寿の昼ビール」。この句の『評』に、「白寿(99歳)の祝いに集う卒寿(90歳)卒寿(80歳)の人たち。和やかな雰囲気」とあります。

 

 「生かされて為すこと多し茄子(なす)の花」。この句の作者は、春日市の春林いく子さん。この句の『評』に、「為すべきことを為し人生を全うしてください。茄子の花言葉は「つつましい幸福」。」とあります。いい句だと思いますし、いい『評』です。選者は大串章さん。

 「生かされて」ということは、「生かす」主語は、父母、夫、子ども、お世話になっている周囲の人々、天(神)。感謝の気持ちが表れています。

 

 「雲がもう雲がすつかり夏もくもく」。この歌の作者は、朝倉市の深町明さん。自由で、おもしろいですね。

 

 

 次に、短歌

 

 以下は、馬場あき子さん選の10首中8首。どの歌も、普段見られない景を詠んであり、個性的な作品です。新聞歌壇なればこそ。

 

 「一片の白樺の樹皮で火を起こすひとりキャンプは原始のにおい」。「じゃが芋は捨てた皮から芽を出してぐんぐん育つ侮るなかれ」。「一キロ先の宅地に熊の出没し二十年経つ柿の木を切る」。この歌の作者は、常連の五所川原市の戸沢大二郎さん。

 

 「怪我せぬよう牛の角突き引き分けに山古志(やまこし)に残る知恵と慈悲かな」。「川面低くぶんぶんしてるトンボをはね上がり食う鯉梅雨来たりたり」。「酔っぱらい電話をかけてくる人と宇宙旅行の約束をする」。この歌の作者は、常連の富山市の姉妹のお姉さんの松田梨子さん。

 

 「生傷の絶えない吾子の大切な蟷螂(かまきり)の卵が朝に孵化(ふか)せし」。

 

 「被災後のふるさとの海解禁日に二時間休まず栄螺(さざえ)採る海士(あま)」。この歌の作者は、常連の石川県の瀧上裕幸さん。未熟者のわたくし、解禁日の後の「に」はなくても分かるのになぜ字余りでも置くのだろうかと考えました。「海」の後に「の」はありません。待ちに待った解禁日に精一杯働くのでしょう。

 

 「ポルシェ止めアルマーニ脱ぐ影もなし瀬戸の渡りの秋の夕ぐれ」。この歌あの作者は高松市の男性名の方。この歌の『評』に、「新古今集の藤原定家「駒とめて袖打ち払ふ影もなし佐野の渡りの雪の夕暮れ」のパロディー。「駒」をポルシェ、「袖」をアルマーニとしたアイデアが楽しい。」とあります。

 

 「物故者に私の名前挟まれて同窓会の名簿が届く」。「「右翼急伸欧州覆う」の横見出し 螺旋(らせん)を描き始める歴史」。この句の作者は、常連の東京都の十亀弘史さん。「さみどりの嬉野(うれしの)新茶をこころこめ淹れてすすめる嬉野の友」。

 

 「水張田におさんぽの園児ら映り行く大泣きの子も手を引かれつつ」。「朝刊をたっぷり二時間読み尽くしコーヒー二杯、定年万歳」。「結婚を考えなくて良いなんてなんて素敵な老いらくの恋」。

 

 「見えずとも月の形を知るようにあなたを見つめる母でありたい」。「要するに手玉に取られていたとしてもだ亡妻(きみ)の代わりは居ないってこと」。「晴天にアイゼンの音アルプスの風湧きたつ白馬雪渓」。この歌の作者は、常連の東京都の椿泰文さん。

 

 「さんぽ中「九条守れ」のデモありて犬といっしょに列に加わる」。武力を持たなければ武力行使=戦争はできませんが、あの方たちは、尖閣諸島付近やフィリピン領海付近での中国船の活動をどう見ておられるのでしょうか。ウクライナもそうですが、自衛力を持たず「九条」と日本一国の外交だけで、国が守れるとお考えなのでしょうか?

 

 

 紙面中ほどの『うたをよむ』の欄。今回のタイトルは、「夏目漱石の俳句」。筆者は、俳壇担当の西秀治さん。

 

 冒頭の文。「文豪・夏目漱石は俳人でもあった。友人の正岡子規を通じて俳句に親しんだ。その作品を集めた「夏目漱石の百句」(ふらんす堂)が刊行された。著者は日本文学研究者の井上泰至さん。」。 引用された漱石の句のうち、あまり有名でないと思われる句の一部を掲げます。

 

 「初夢や金も拾はず死にもせず」。「菫(すみれ)程な小さき人に生まれたし」。「降る雪よ今宵ばかりは積(つも)れかし」。

 

 わたくし、小学校くらいから夏目漱石の小説を読んできて、高校生の頃には、漱石を神様と認定していました。二十歳のころからは、中島みゆきさんもそうです。「菫(すみれ)程な小さき人に生まれたし」という句は、何年か前に存在を知りました。わたくしには、菫のように生きていくことが可能です。

 

 今回は、上のようでした。