12月17日の早朝、わたくしの母が逝去しましたので、18日の通夜と19日の葬儀に出席するため、九州の実家へ戻りました。

 実家は農村地域にあり、わたくしの小さい頃は、どの家でも、自宅と近くのお寺さんで、隣近所の応援を受けて葬儀が営まれていました。しかし、二、三十年前からは、葬儀場を使うのが大勢となっているようです。

 わたくしは、通夜の18日の夜は、姉の家族と一緒に葬儀場の部屋で宿泊しました。喪主である兄の家族は近くの自宅です。

 

 もう、兄も定年退職後何年にもなり、母も高齢でしたから、一応、家族葬という形で、直系の子孫を中心に一部の親族・縁者にお知らせする形を採ったようですが、伝え聞かれた方の参会もあり、かなりの人に足を運んで頂きました。

 東京から同行したわたくしの娘の幼い子どもを含めた曾孫3人をはじめ、孫、子だけでも少なくなく、母の姉妹、甥姪、その他の親類縁者、長年親しいご近所等、かなりのご参会を頂きました。冠婚葬祭とはよくいうもので、わたくしも、数年~何十年振りぐらいでお会いした従兄たちや昔からのご近所の方に、ご挨拶ができました。

 

 合間に、義兄と、いよいよ私たちの番になるねと、話したものです。

 葬儀の後、兄と姉とわたくしとの3家族一同で会食をし、散会しました。

 

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 下に、今日、目についたネット記事にあった、いい言葉を、書き留めておきます。

 

 米黒人女性が語る妊娠出産 医療や産後ケアに不信や不満 「構造的人種差別」も影響(ロイター) - Yahoo!ニュース

 

 米黒人女性が語る妊娠出産 医療や産後ケアに不信や不満 「構造的人種差別」も影響

 

 ・・・。ボテックスさんは、「母親としての最大の喜びは、赤ん坊が満面の笑みを浮かべるのを見て、この笑顔と幸せを生み出したのは自分なのだと思うことだ」と話した。