満開の桜。今日はコートを着ずに出勤しました。

 昨日、4月9日(日)の朝日新聞の歌壇・俳壇から。
 まず、短歌。
  「大学生になる実感がわかなくてゆるいパーマをかけてみました。」。これは、富山市の常連の姉妹のお姉さん。「中庭のロープが解かれ心臓と一緒にさがす受験番号」。これは、その姉妹の妹さん。高校受験の結果はどうだったのでしょうか。
「愚陀仏庵へゆく道問えば伊予ことば春かぜのごと和(なご)みて親し」。「愚陀仏庵」はよみがながふられていないのですが、「ぐだぶつあん」と読みます。わたくしは4年前まで松山に住んでいましたから、夏目漱石を崇めていますから分かります。  
漱石が松山中学の教師として赴任していた時に住んだ家です。それが旧居として保存されていたのです。一時期、正岡子規も身を寄せていました。子規による俳句会も開かれ、漱石も俳句に馴染んだのです。
わたくしがいた頃は、松山城の近くの傾斜地に元あった愚陀仏庵が、数年前の台風か大雨かで壊れてしまって、再建が検討されていた頃だったと思います。今はどうなったのでしょう。
わたくしが松山市にいたのは単身赴任で2年弱でしたから、「伊予ことば」が「春かぜ」のようかどうか判断できませんが、そういわれるとそうかもしれないと納得します。「親し」はきっとそうだという気がします。
 「いつもよりながくてすこしきつかったそつえんのひのせんせいのだっこ」。「雛の日も寝たきりわれの枕辺にさくら三輪活けくるる友」。
「塀を越え子どもらがいて猫がいて雲の影行く道歩きたし」。この歌の作者は、常連の獄中の十亀さん。
「コウナゴを六年ぶりに運び上げ請戸(うけど)の髭(ひげ)の漁師破顔す」。この歌の『評』には「漁業を再開した浪江町請戸漁港の喜びの様子を伝える。長い六年であっただろう。」とあります。
次に俳句。
  「信州の峰まだ白く田螺(たにし)鳴く」。「さへづりを柩(ひつぎ)の母と聴きにけり」。「咲き満ちて息を詰めたる桜かな」。
「囀(さえず)りを指揮するごとき大樹かな」。この句の作者は「(ドイツ)ハルツォーク洋子」さん。
「春のふくしま美しい村があった」。この句の作者は、高松市の方。「福島の哀しき春よ桜咲く」。この句の作者は青梅市の方。前の句は、原発事故前に福島の美しい村をご覧になった思い出を詠まれたのでしょう。後の句は、現在の情景でしょう。同じ地域のことかもしれません。
  今回は、上のようでした。