こんにちは、キナリです。

 

昨夜の『キナリのシャバアーサナ』

遠隔ヒーリングにご参加くださった皆さま、ありがとうございました。

真摯にお受け取りくださったこと、心より感謝いたします。

 

「臨場感を握る鍵 ~評価を外し、

無意識に未来を育む~」

 

今回お伝えしたのは、

臨場感とは才能でも意志の強さでもなく、

 

どれだけの時間を、どんな注意の向け方で、

無意識に預けてきたかの総和である、ということでした。

 

私たちは未来を「考えて」つくっているようでいて、

実は、慣れ親しんだ臨場感に未来を選ばせています。

 

だからこそ大切なのは、

 

*習慣が未来を選ばせていると知ること

*自分は日々、何に注意を向けているのかを問うこと

 

評価を外し、ただ「今ここ」を一心にこなす。

その繰り返しが、無意識の深い層に

「これが普通の現実」という臨場感を刻んでいきます。

 

未来は、慣れ親しんだ臨場感の通りに

静かに、しかし確実に作られていきます。

 

坂東玉三郎さんのトークショーから

 

昨日は、以前から友達にお誘いを受けていた

坂東玉三郎さんのランチ&トークショーに伺いました。

 

小朝さんとの軽妙な掛け合いの中で

本質を突く言葉がいくつもありました。

 

小朝さんが、最近の歌舞伎について

「狂い咲きみたいな傾向がある」と話されたときのことです。

 

「狂い咲き」とは、本来の季節ではないのに

無理に花を咲かせること。

伝統と現代性のバランスがどこか不自然に見える、という問いでした。

 

それに対して玉三郎さんは、「狂うほど咲いてほしいです」

と返されました。

そして続けて、

「狂うほど、何にも咲いてないのが今の歌舞伎」と。

これは非常に深い言葉だと感じました。

 

今は、先にお客様が喜ぶ形を想定し、

それに合わせて表現を整えていく傾向がある。

けれど本来は、芸をとことん磨き、自分の美を極めた結果として

花が咲くもの。

 

外側の評価を先に設定するのではなく、内側の臨場感を徹底的に耕す。

その覚悟の差を静かに示されたように感じました。

 

師匠は褒めない

 

もう一つ、胸に残ったお話があります。

歌舞伎の世界では、師匠は弟子を直接褒めることはないそうです。

それは当たり前のことだそうです。

 

けれど、明治生まれの師匠や先輩方が生きていた頃は、

周囲に「女形とは何か」「芸とは何か」を

真剣に語ってくれる人がたくさんいたそうです。

 

師匠は直接褒めることはしないけれど、

ご本人ではなく、周囲の人に

さりげなく良い評価を伝える。

 

その言葉が巡り巡って耳に入ってきたとき、

どれだけ救われたかと語っておられました。

 

評価を求めて動くのではなく、芸に身を預け続けた結果として

届く言葉。そこには、外側の承認ではなく

内側の基準で生きる姿勢がありました。

 

そして今は、そうした先輩方がこの世にはいない。

あのような関係性や空気感が薄れてしまったことは、

若い世代にとって少し残念なことかもしれない、と

しみじみ語っておられました。

 

整えるという日常

 

小朝さんから

「一番リラックスしてほっとする時はいつですか?」

と尋ねられたお答えも印象的でした。

 

玉三郎さんは、

「仕事が終わって自宅に帰ったとき」

そう答えられた後、

 

まず、からだより大きめのグレーのスウェットに着替え、

最初にすることは、ストレッチだと。

 

体を整え、お食事をいただき、

ゆったりとした時間を過ごし、

眠る前にはほんの少し日本酒をたしなむのだそうです。

 

舞台の華やかさの裏にある、

淡々とした日常の整え。

 

特別なことではないけれど、毎日欠かさない。

その積み重ねが、、

あの圧倒的な臨場感を支えているのだと感じました。

 

美味しいランチをいただき、玉三郎さんに直接お目にかかれたこと。

 

言葉の奥にある覚悟と、軽やかなユーモア交えたお話を

伺うことができてとても幸せな一日でした。

 

心の中を静かに浄化していただいたような

晴れやかな1日でした。

 

狂うほど咲くとは、外から派手に見せることではなく、

内側の臨場感を、誰よりも誰よりも深く軽やかに静かに

耕すこと。

京都を後にしながらあらためて感じました。

 

来週のキナリの『シャバアーサナ』のテーマ

「整える力 ~日常が臨場感を決める~」

です。

 

未来は、特別な瞬間ではなく、

何気ない日常の整えから生まれます。

 

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

【開催概要】2月18日(水)23時より10分間

 

*時間: 23時より 10分間

*参加費:無償

*内容:遠隔ヒーリング

《キナリのシャバーサナ》

 

今週のテーマは

「整える力 ~日常が臨場感を決める~」

 

💡 フィードバックについて

毎回、参加者さまからの

フィードバックをいただくことは、

ご自身の変容を実感し、さらに深めるためにとても大切です。

小さな気づきや体感も、

記録し言語化することで、

身体と意識の変化がより明確になり、

情報空間の書き換えが加速します。

 

この1年間を通して、皆さまが少しずつ深まるシャバーサナを体験し、

心と身体の変容を見届けていく時間としていただければ幸いです。

 

 お申し込みは、毎週募りますので、

ご面倒ですが、

「ヒーリング希望」

明記の上ご連絡ください。

 

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✨お申込みについて✨

 

この遠隔ヒーリングは

毎週ご参加希望の週ごとに

お申込みが必要です。

 

1回お申込みいただくだけで

自動的に毎週参加になるわけでは

ありませんので、

お手数ですが毎回お申込みLineに送信してください。

 

*ご感想を頂いた際に次回のお申し込みは

 承っております。

 

 

お申し込み受付は2月17日の24時までです。

 

 

 

 

 

 

臨場感を確かなものにしていく土台

 

こんにちは、キナリです。

 

前回は、「臨場感がいかに人生をつくっているか」

というお話をしてきました。

 

今回は、

その臨場感を確かなものにしていく土台について、

もうすこしだけ深く踏み込んで書いてみたいと思います。

 

臨場感は「つくるもの」ではない

 

臨場感というのは、

「感じよう」「想像しよう」と意識的につくるものではありません。

むしろ、勝手に立ち上がってくるものでしたね。


 

脳科学から見た臨場感の正体

 

では、臨場感に差が生まれるのは、どこにあるのでしょうか。

脳科学の視点からはその差は明確です。

 

それは、どれだけの時間を何に、

どんな注意の向け方で

費やしてきたか

この一点に集約されます。

 

人の脳は、「考えたこと」よりも、

「繰り返されたこと」を圧倒的に強く現実として採用します。

 

無意識に書き込まれる条件

 

特に重要なのは、その行為が、

①評価を目的としていない

②将来の意味づけをしていない

③ただ注意を向けて繰り返されている

という状態であることです。

 

このとき、情報処理は顕在意識を通過せず、

無意識レベルに直接書き込まれていきます。

これが、「臨場感として立ち上がる情報」の正体です。

 

感謝を込めて

 

ここで、

先日、本家まとい先生に

前回のブログをご紹介いただいたことに、

あらためて感謝申し上げます。

 

 

息子に言われた、忘れられない一言

 

そんな私に、

後になって深く腑に落ちる出来事がありました。

 

息子が高校生くらいの頃、何気ない会話の中で、

こんなことを言ったのです。

 

「ママって、未来で生きてるよな」

「その思考、僕にも移ってる気がするねん」

「今起きてることって、もう起こるって分かってたことやから、

正直、今現在はあんまり面白くない」

「結局、今はいつも未来のために動いてて、

こんなんで、ほんまにええんかな?」と。

 

息子の内職が教えてくれたこと

 

息子は学生時代途中から、

コロナ禍の影響で外に出られず、外での仕事ができなかったので、

その間、工業用部品の内職を、空き時間に黙々と続けていました。

ピンセットを使い、極小の部品を一つずつ扱う作業のようでした。

 

それを、5年という時間、淡々と続けていました。

ここで重要なのは、彼がそれを

*上達のため

*将来のため

*褒められるため

にやっていたわけではない、という点です。

 

お金を少しでも同じ時間に多く稼ぎたいからでした。

お金を得るための仕事でした。

 

「丁寧さ」しか選択肢がない世界

 

失敗すれば返品される。やり直しになる。その分はお金にならない。

だから、その一つを、その瞬間、丁寧に扱うしかないのです。

効率良くするためには、結局

一つ一つを丁寧にこなし、その速度を上げることでした。ただそれだけなのです。

 

将来につながるかどうかも、

意味があるかどうかも、

一切考えていなかったと思います。

 

人は、

「意味づけ」

「評価」

「目的」を介した行為ほど、処理を顕在意識に留めます。

 

一方で、

「今、目の前の一つに注意を向ける」

「判断を入れずに繰り返す」

 

このような行為は、

RASを通過せず、無意識に直接定着します。

 

つまり、

「努力した記憶」ではなく、

「前提として使える感覚」になるのです。

 

臨床の現場で起きたこと

 

その後、

息子は研修医としていろいろな科を回る中で、

眼科で豚の眼をつかって水晶体前嚢の連続円形切開のとき、

指導医から「こんなに自然に上手く切開した

学生はは見たことがない」と驚かれたというのです。

 

この経験をきっかけに、現在は大学病院の眼科で、

日々の臨床と手術を通して患者と向き合いながら、研究に取り組み、

眼科専門医を目指しています。

 

本人の言葉が示す、臨場感の正確さ

 

後から本人は、眼科に決めた時、こう思ったそうです。

「あのときの手の感覚、

内職のときとまったく同じやってん。むっちゃ簡単やってん」

 

「だから眼科、いけそう。

そういうの得意かもしれない。」

 

この言葉は感覚的ですが、理論的には非常に正確です。

それは、「新しいことをやっている」のではなく、

 

すでに無意識がいつもの現実として採用している臨場感が立ち上がった

という状態だからです。

 

臨場感を育てる本質

 

ここから見えてくるのは、臨場感を育てる本質です。

臨場感とは、

 

才能でも、意志の強さでも、将来への見通しでもなく、

どれだけの時間を、

どんな注意の向け方で、

無意識に預けてきたかの総和です。

 

習慣は、未来を「選ばせてしまう

 

だから、

習慣は未来を「考えて」つくるのではなく、

選ばせてしまうのです。

 

まずは、「習慣がいかに大事か」に意識を上げること。

そして、「自分は、日々、何に注意を向けているのか

という問いを持つこと。

 

臨場感は、

その問いの延長線上で、静かに、しかし確実に

現実として採用されていきます。

 

未来は、慣れ親しんだ臨場感の

通りに作られる」

 

リアリティは考え、慣れ親しんだ臨場感の通りにつくられていきます。

 そしてそれらによって未来は選ばれ、作られていきます。


ただ「今ここ」を一心にこなす、

その繰り返しが、無意識の深い層に

「これが普通の現実」という臨場感として刻まれていきます。

これこそが、臨場感を確かなものにしていくです。

 

今週の『キナリのシャバアーサナ』テーマ

 

「臨場感を握る鍵 ~評価を外し、無意識に未来を育む~」

 

今週は、前回の続きとして、

この「臨場感の鍵」をテーマに深めていきます。

 

特別なテクニックやイメージングではなく、

ただ「今ここにある一つ」に、評価も意味づけも乗せず、

純粋に注意を向けて丁寧にいる。

 

その在り方を

身体と呼吸を通じて体感する時間にしたいと思います。

 

 

 

【開催概要】2月11日(水)23時より10分間

 

*時間: 23時より 10分間

*参加費:無償

*内容:遠隔ヒーリング

《キナリのシャバーサナ》

 

今週のテーマは

臨場感を握る鍵 ~評価を外し、無意識に未来を育む】です。

 

 

💡 フィードバックについて

毎回、参加者さまからの

フィードバックをいただくことは、

ご自身の変容を実感し、さらに深めるためにとても大切です。

小さな気づきや体感も、

記録し言語化することで、

身体と意識の変化がより明確になり、

情報空間の書き換えが加速します。

 

この1年間を通して、皆さまが少しずつ深まるシャバーサナを体験し、

心と身体の変容を見届けていく時間としていただければ幸いです。

 

 お申し込みは、毎週募りますので、

ご面倒ですが、

「ヒーリング希望」

明記の上ご連絡ください。

 

友だち追加

 

✨お申込みについて✨

 

この遠隔ヒーリングは

毎週ご参加希望の週ごとに

お申込みが必要です。

 

1回お申込みいただくだけで

自動的に毎週参加になるわけでは

ありませんので、

お手数ですが毎回お申込みLineに送信してください。

 

*ご感想を頂いた際に次回のお申し込みは

 承っております。

 

 

お申し込み受付は2月10日の24時までです。

 

 

 

【ご感想のご紹介】

 

本日も『キナリのシャバアーサナ』ヒーリングのご感想をご紹介いたします。

ブログ掲載へのご快諾をありがとうございました。

 

こんばんは

ヒーリングありがとうございました。

お腹にパチパチと弾けるような感覚がありました。

その後意識を失っては目覚めるのを

3回ぐらい繰り返したら終わってました。

朝はスッキリと目覚めることが出来ました。

ありがとうございました。

 

臨場感が高まると、

身体が先に動き出す

 

このご感想に表れているのは、

「何かを感じよう」とした結果ではありません。

 

臨場感が高まると、

意識ががんばって起きていなくても、

身体のほうが先に反応し、調整を始めます。

 

*パチパチとした内側の感覚

*意識が自然に落ちて、また戻るリズム

*終わったあとの朝のスッキリ感

 

これらはすべて、

その人にとって 今ちょうどよい臨場感の状態 に

身体と意識が移行していったプロセスです。

 

ヒーリングの時間だけが特別なのではなく、

その臨場感が、眠りや目覚めといった

日常の感覚にまで自然につながっていきます。

 

それが「シャバアーサナ」で起きていることです。

いつもお受け取りくださりありがとうございます。

 

本日も最後まで読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

 

 

節分は、私にとって「年が変わる日」

 

こんにちは、キナリです。

 

恒例の水曜日、23時の

『キナリのシャバアーサナ』にご参加くださった皆さま、

ありがとうございました。

 

シャバアーサナが終わったあと、

身体や呼吸がゆるんだ感覚が、

そのまま日常へと静かに持ち越されていくような時間が流れていました。

 

さて、今日は少し、

私にとってとても大切にしている「節分」の話から始めたいと思います。

 

一般的には季節の変わり目とされる節分ですが、

私にとっての節分は、1年の区切りを、身体で感じ直す

大切な節目です。

 

節分を境に、空気や選択、そして意識の向きが、すっと切り替わった後の

感覚になります。

 

今、目の前にある日常の風景が、

どこか懐かしく、すでに一度体験したことのある

デジャブのように感じられることがあります。

 

身体が緩むと、時間の感じ方が変わる

 

「シャバアーサナ」で身体がゆるむと、

意識もまた、力を抜いて広がっていきます。

 

何かを「しよう」としなくても、次の感覚へ、自然と移っていけます。

 

それは、ヒーリングという行為というよりも、

臨場感そのものが、その場に満ちていくそんな感覚に近いのかもしれません。

 

節分前後のこの時期は、特に、時間の流れや、

「今・過去・未来」の境目が、曖昧になるような感覚があります。

 

私は未来志向だと思っていなかった

のですが、、

 

今、目の前にある日常の風景が、どこか懐かしく、

すでに一度体験したことのあるような、デジャブに感じられることがあります。

 

私は昔から、あまり過去を振り返るタイプではありませんでした。

 

「これまでどうだったか」よりも、

「これから、どんな感覚で生きていたいか」。

 

ただ、その感覚に、今この瞬間、全力で対応している。

そんな実感で生きていたように思います。

 

自分では、未来を見ているつもりも、

未来志向だという自覚もありませんでした。

 

むしろ、とても現実的で、

目の前のことに真正面から向き合っている、そんな感覚でした。

 

息子に言われた、忘れられない一言

 

そんな私に、

後になって深く腑に落ちる出来事がありました。

 

息子が高校生くらいの頃、何気ない会話の中で、

こんなことを言ったのです。

 

「ママって、未来で生きてるよな」

「その思考、僕にも移ってる気がするねん」

「今起きてることって、もう起こるって分かってたことやから、

正直、今現在はあんまり面白くない」

「結局、今はいつも未来のために動いてて、

こんなんで、ほんまにええんかな?」と。

 

そのときの私は、「そうなんや」と、

とても軽く受け取っていました。

 

でも今思えば、その言葉は、私自身の意識の使い方を、

とても正確に映していたのだと思います。

 

意識は、言葉よりも先に写る

 

子どもは、親の言葉や教えよりも、

意識の置きどころや、臨場感そのものをそのまま受け取っています。

 

教えた覚えがなくても、「どこに意識を置いて生きているか」は、

日常の中で、無意識のうちに写し取られていきます。

 

それは、親子に限らず、

人と人との関係すべてに共通していることだと思います。

 

臨場感は、場にいるだけで共有される

 

現代気功やコーチングの理論では、人の意識は、

言葉で教えなくても、臨場感として自然に同調・共有される

と考えます。

 

同じ空間、同じ時間、同じ情報場にいると、「どう考えるか」よりも先に、

「どこに意識を置いているか」が、静かに伝わっていきます。

 

送ろうとしなくても、在り方は伝わる

 

私は、何かを「送ろう」と意図して

ヒーリングをしているわけではありません。

 

ただ、自分が生きている未来の臨場感、未来を前提にした意識の状態が、

そのまま、そこに在るだけです。

 

意識は、言葉よりも先に、状態として発せられます。

 

だからこそ、『キナリのシャバアーサナ』では、

特別な操作をしなくても、私の時間の捉え方や、

未来への向き方そのものが、自然と共有されていくのだと思っています。

 

ヒーリングを受けると、何が違うのか

 

ヒーリングを受けたあと、

「何かをもらった感じがする」というよりも、

 

*時間の流れが、少し先に進んだように感じる。

*今の出来事に、過剰に引っ張られなくなる。

*未来を考える前に、身体が知っている。

 

そんな感覚が残る方が多いように思います。

 

未来は、考えてつくるものではなく、先に、感じてしまうものです。

 

その臨場感に身体が触れることで、今の選択や、今の在り方が、

無理なく、静かに更新されていきます。

 

節分という節目に

 

節分という、私にとって1年の始まりの日に、

 

あらためて、「臨場感が人生を先導している」

ということを、身体で感じる時間でした。

 

未来は、遠くにあるものではなく、もう、場に在るものです。

それに触れるかどうか、ただ、それだけなのかもしれません。

 

臨場感は、「感じよう」とするものではありませんが、

それを、より確かなものにしていく鍵のようなものがあります。

 

次回のブログではそのお話と、寄せられたご感想の一部も、

ご紹介する予定です。

 

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。