冬が少しずつ近づいていくように、長老猫はゆっくりゆっくり衰弱している。
時間との戦いだけど、老いというのは人も猫も同じ。
過ぎて行く時間には逆らえない。
いつか逆らえない別離を迎えるのは如何ともし難い。
命にとって時間は敵というところだろう。
面白いことに、時間というのは敵にもなれば味方にもなる。
人生の流れる時間の中で悲しみを何度も経験する。
悲しいと苦しいと感じて、その痛みから逃げたいのは誰でも同じだと思う。
どうやっても逃げようがないし即効薬などない。
一つだけ薬があるとすれば時間だ。
人とは忘れる生き物で、忘れなければ脳味噌が情報で破壊されてしまう。
いま辛くても時間が癒してくれる。
ポエムのような表現をするなら、時間という魔法が貴方を癒してくれるから…
魔法ではなく、人が生まれ持った習性であり、ただの脳味噌のメカニズム
人の本能として、気持ち良くはないから悲しみや苦しみを反復記憶をしない。
反復記憶をしないと、脳内の消しゴムが働いてくれる。
忘却のメカニズムが働けば、時間とともに気持ちの良くない記憶は薄れていく。
悲しみとの私の向き合い方
悲しいという感情を捨てない、時間と忘却を利用して心を落ち着かせる。
自分の感情を制御できるのも消化できるのも自分しかいない。
誰も変わりはできないから、感情のままに暴走しても己に悲しみやが返ってくる。
いまは辛い
でも、この痛みも悲しみも必ず薄れていく。
経験値として残るから消えはしなくても必ずいつか楽になる。
辛い苦しいと周囲に喚く前に、自分と向き合ってみる。
静かにひとりで向き合った時、自分なりの処方箋が見つかるはずだ。
その方法が他人様に迷惑をかけないものであるなら実行してみる。
実行していると自分の意外な一面が見られて面白い。
私はゴジラになった。
ハンクラ、創作を趣味とする私は作り上げる手を持つが、壊したいという強い思いが潜在していることを知った。
アンビバレンツだなぁとゴジラな自分に笑ってしまった。
自分の悲しみには自分しか向き合えない、理解ができない。
向き合った時に私はゴジラになったが、
他の人は何になるのだろう?
ちょっとだけ興味がある。