4年前、確か母と肺癌を告知された年だったと思う。
思い返せば、私の闘いはその時に既に始まっていた。
自分も体調が悪くなって、相方の店の問題などもあり、面倒な事案ばかりを抱えていた。
面倒ごとなど誰しも逃げたい。
面倒というぐらいだから、心が折れそうな身体も疲労困憊するような毎日が待っている。
でも、面倒ごとは逃げたら先でもっと、手に負えないぐらいの重い事案になっている。
苦労するのは自分だ。
極力素早く、早急に解決するように行動力を発揮するようにしている。
対処は素早くは仕事で培った己の哲学だ。
しかし、素早い行動力だけでは解決しない問題は多いと思う。
例えば、現在私が直面している問題、生活と人の命に関わる事、親の介護だ。
介護の先にあるものは、間違いなく親の死
。
母を看取る時、怒涛のような毎日だった。
いくつも抱えていた仕事を減らし、自分の闘病は後回しにしても大丈夫だったので母のために医療費も使った。
母の最後は寝たきり、町医者では病状に対応出来ずに緊急入院をした先で亡くなった。
そして、高齢の父が残される。
嘆いても始まらないが、誰も助けてはくれない。
行政など全く当てにはならない。
施設は受け入れ先がない。
高額な全額自費負担の施設など無理だ。
それに、本人がまだ床についたままという訳ではたい。
運動機能は低下しているので車の運転は禁止、免許返上
視力が殆ど無いに等しいので家事などは私がしているが、何が恐ろしいかというと火を使う事。
頭は正常なのと自分はまだ若いという根拠のない自信を持っているからタチが悪い。
火を使って食事を作ろうとする。
作り終わった後、コンロの火を消し忘れる。
水道を止め忘れて水を出しっ放しにする。
その部屋にいないのに電灯は付けっ放し、テレビも付けっ放し。
古い家で広いだけが取り柄なので、暖房についてはエアコンは効果がない。
ファンヒーターか灯油ストーブが暖房器具なのだが、これも消し忘れる。
火事と水浸し、家の崩壊が怖いので目を離さないようにしている。
なるべく父から目を離さないようにということは、私自身の活動がかなり制限される。
仕事はどうしても休めないので優先事項、それ以外は、父のお守りという名の介護のために引きこもるしかない。
親の面倒をみるのは当たり前のことだろう?と言われそうだか、現実は厳しい。
何年も介護をしていて自分の性格が変わったと思う。
心が折れているとも思う。
ほんの少しだけ、どこかに逃げられたらいいなぁと思うけれど、どこにも逃げ場がないこらネットで愚痴を曝け出す。
子育ては子供の未来という楽しみがある。では介護は?というとその先にあるものは間違いなく人生の終焉だが、それ以外何かを見つけられるのだろうか?
母の死から丸一年、未だに見つけられない。
母の日記を纏めていたら吐き気に襲われるようになった。
生々しい生への執着と悲しみが私自身を侵食していくのがよくわかった。
介護の先に残ったものとは、死者の思いなのかもしれない。
その思いに囚われないように、いま私に出来ることが何かがわからない。
面倒事から今すぐ逃げたいという自分を見つけただけだった。