そして男が鬼族の喫茶店で皿洗いを始めてから

一週間が経ちました――。

 

 

すっかり皿洗いにもなれて手際も良くなり

毎日たくさん訪れるお客さんに比例して

増える洗い物もちゃっちゃとこなせるようになって

今日は閉店まもなくに終えることが出来ました。

 

心地よい充実感と共に男が額の汗を拭っていると

店の支配人と副支配人である

赤鬼娘と青鬼娘が

とことこと男のところにやってきました。

 

「一週間よく頑張ったね。お疲れさま!」

 

「ご苦労様。本当によく頑張ってくれました」

 

いつも冷たくあしらっていた彼女たちから

初めてねぎらいの言葉をかけられた男は

少し戸惑いながらもエプロンで手を拭くと

ぺこりと頭を下げました。

 

「これでキミは解放だよ。

 もうここで働くこともないんだ!

 ちゃんとお金さえ払ってくれるんだったら

 いつでもまた店に来ていいからね!」

 

「ふふふ。そうですよ。

 今度はちゃんとお財布と相談してくださいね。 

 早くおうちに帰ってあげるといいですよ」


そう言われたものの男の心中は複雑でした。

 

生まれた国からこの島国へと追放されて以来

流れ流れてこの町へとたどり着いてきたものの

町外れの壊れかけた物置で寝泊まりするだけの男を

待っている人は誰もいません。

 

はあ、とため息をつく男にふたりは言いました。

 

「えっとね。ゴメンね。

 キミにひとつ言い忘れたことがあったんだ」

 

「実はね。黙っていたんだけれど

 あなたの飲んだジュースの代金は

 一日で払い終わっていたのよ」

 

目を丸くする男にふたりは顔を見合わせて

フフフと笑うと言いました。

 

「ちょうど節分のイベント期間でさ。

 いつも以上にお客さんが来てくれたおかげで

 店の売り上げもすっごく良くってさ!」

 

「ふふふ。

 いっぱい注文をもらって

 使うお皿も足りなくなりそうで心配してたけれど

 あなたが洗い物を一生懸命頑張ってくれたから

 この一週間、お店を滞りなくまわすことができたのよ」

 

「わざと冷たく当たってたけれどさ。

 キミの根性を試してたんだ。

 ウン、キミは根っからの悪人じゃないね!」

 

「うふふ。真面目だけれど要領の悪い

 どこにでもいる普通の人、

 そうそう、せいぜい『町人A』と言ったところですね」

 

自分に冷たかったのはそういうわけがあったのか

と、男は胸を熱くしました。

 

「だからね」

 

「うるしちゃん」

 

二人が振り返ると

店の奥から黒鬼娘が袋を二つ持ってやってきて

右手に持った布袋を男に手渡しました。

 

けっこう重いその袋をのぞき込むと

中には結構な金額の銀貨が入っています。

 

「!!!???」

 

袋を手にしたまま

声にならない声を上げてわたわたする男に

赤鬼娘は八重歯を見せてニッカリ笑い

青鬼娘は口元を押さえて微笑んで言いました。

 

「コレ、六日分のアルバイト代だよ!」

 

「ふふふ。

 多分に色をつけさせてもらいました。

 お店の売り上げもそうだけれど

 あなたもとっても頑張ってくれましたからね」


「そんでさ!

 このお金でさ、どっかに家借りてさ。

 この町の住人になって、ちゃんとした仕事に就きなよ!

 ――ね、青ちゃん?」

 

「紅ちゃんの言う通りですわ。

 もしあなたが望むなら

 このままお店で働いてくれてもいいんですよ。

 ――ね、うるしちゃん?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

『うるし』と呼ばれた黒鬼娘が

いつもの無表情のままうなずくと残った紙袋を手渡しました。

 

きっと中にはいつものおにぎりが入っているはずです。

 

「お世話になりました!

 ありがとうございました!」

 

三人に涙を見せたくなくて

お礼の言葉を言って

深く長く頭を下げた男は

袋を二つ抱えて店を飛び出すように出て行きました。

 

 

 

久しぶりに帰って来た家――というより

住処の物置を見て、男は立ち尽くしてしまいました。

 

所々穴の開いた屋根と

今にも倒れそうになって

つっかい棒で支えられた物置は

見違えるようにきれいになっていて

狭いながらもちゃんとした造りの家となっていたではありませんか。

 

戸惑いながらも家に入った男が

新たに備え付けられたベッドに座って

黒鬼娘からの紙袋を開けると

そこにはおにぎりの他に一通の手紙が入っていました。

 

「!!!!!」

すっかり自分好みの味になったおにぎりを頬張りながら

手紙を手に取った男でしたが

あまりの驚きであやうくおにぎりを落としそうになったのです。

 

それはあの深窓――高窓のお嬢様から

自分宛ての手紙だったのです。

 

文頭には

先日はお仕事を邪魔して申し訳ない

とお詫びの言葉が書かれていました。

 

そう、彼女は男が皿洗いをしていたことに気がついていたのです――!

 

続いてこう書かれていました。

 

自分をもてなす為の花も

肖像画を描いてもらったお礼も言えずに大変申し訳ない。

差し出がましい真似をするようだが

あの時のせめてものお礼に住まいを直させてもらったので

どうか健やかにお暮しになられますように、と

丁寧な文章で綺麗に綴られらたインクの文字に

ぽたりと涙が落ちました。

 

 

ぐいっと涙を拭うと

男は銀貨の入った革袋を持って

商店街へと走り出しました。

 

画材屋で絵筆と絵の具に紙を買うと

男は物置――家に急いで戻って

久しぶりに絵筆をとるとなにやら描き始めたのでした――。

 

 

 

 

それから数日後――。

 

 

鬼族の喫茶店の店先で

いつものようにこん棒を持って警備についていた

黒鬼娘の所に男がやってきました。

 

以前のみすぼらしさはなくて

それなりにこざっぱりとした恰好をした男は

何より目と表情が生き生きとしています。

 

「――お前なんだろう?

 お嬢様に自分のことを話したのは」

 

さてどうだったかな、というように

首をかしげてあごに指を当てる彼女の様子に

男は笑い出しました。

 

「いいんだ。怒っていないよ。

 それより――」

 

いつものように無表情で

皿のような眼で見降ろす彼女に

男はくるっと巻いてリボンでとじた紙を手渡すと

深々と頭を下げました。

 

「いろいろとお礼の意味を込めて

 お前の絵を描いてみたんだ。

 ――ありがとう」

 

彼女は無表情のまま

紙を結んだリボンをほどくと

自分を描いたという男の絵を見てみました。

 

「・・・・・・・・・・・・」

無言で絵を見つめる黒鬼娘の顔に変化が現れました。

 

それは見たものの記憶に一生残るような

そんな印象深い笑顔でした。

 

 

ちょうどその時

店の前に古めかしい高級車が止まりました。

そして中から降りてきたのはあのお嬢様です。

 

「――あら。あなたは!?」

 

嬉しそうに笑って手を合わせる彼女に

いつもは物陰に隠れたり

逃げ出すはずの男が深々と頭を下げました。

 

「――自分はただの『町人A』です。

 お嬢様に名乗るほどの者じゃありません。

 いつか、受けた御恩のお返しにあがる日まで――。

 失礼します」

 

頭を上げた男はくるりと踵を返すと

振り返ることもなく、胸を張って堂々と去っていきました。

 

 

 

「――町人Aさま。

 いつか私にお名前をお聞かせて下さいましね。

 その時には私を描いてくれたお礼を、

 あなたの名前を呼んで、

 心からありがとうを言わせてもらいますわ」

 

バラ色に頬を染めてニッコリと微笑むお嬢様でした。

 

 

 

 

こうして生まれ変わった男――町人Aでしたが

自分の家の壁には一枚の絵が飾られています。

 

そう、お嬢様の絵です。

 

いつか自分の名前と共に

想いを告げる日の為に――。

 

 

 

 

ーーお・し・ま・いーー

 

 

 

イラストカテで初めてフォローさせて頂いて

たくさんの絵師さんと知り合うきっかけとなった

尊敬する絵師さん

きしちゃんさんに

まだ早いけれどはぴば🎁です

 

今回の話のキモでもある

うるしちゃんのイラストを上手く描きあげることが出来たら

改めてあげようと思います