~1~

 

「はぁ……」

デルポイの村を後にしてすぐに、レイコの口から深いため息が漏れた。

 

ヴァンとリリアンの結婚式を挙げてから一週間がたったが、

 それ以来ずっとこの調子だったりする。

 

 

長衣を着たマークが牧師を務めて厳かに挙げた式に

 突如乱入してきたオルブライト伯によるひと騒動があったものの、

  村人全員の手による心づくしの宴は限りなく暖かく穏やかであった。

 

純白の花嫁衣裳――しかもこの村特産の

 香草の花々を模した刺繍や透かしがあちこちに入った

  リリアンの母手縫いのドレス姿のリリアンと、

 胸に青いカーネーションの花を挿して

  いくらか窮屈そうな正装のヴァン。

そして二人の間で手をつないで

 笑顔でまぶしそうに見上げるクロエの目に涙が光っていた。

 

「――リリアンさん、きれい……。

 ヴァンサンも、すてき……」

ふたりを見てうっとりとした様子でため息をついてからこの調子である。

 

 

『ふむ。レイコもああいう姿にあこがれるところは、

 やはり女の子なのだな、と改めて思うぞ』

「も、もうっ! 

 あ、あたしだって女の子だよ!

 そ、その……や、やっぱり着てみたい、じゃない…の……」

私は別に茶化したわけではないのだが、

 不機嫌そうにぷーっと膨らませた頬がしぼんでいくうちに

  赤く色づいてきて、うつむいて黙ってしまうレイコ。

 

「あんな恰好をしたレイコの隣に並んだ相手は

 たぶん世界で一番幸せで、

 レイコはきっと世界で一番きれいなんだろうな」

複雑な表情をしたマークが、

 唇を尖らせてちょっと怒ったような声で言った。

 

『うむ。きっと「馬子にも衣裳」というやつだな」

あごに手を当てて深くうなずく私に、

「もうっ、レイっ! これでぶつよ!!」

耳まで真っ赤になって

 束ねた髪を逆立てたレイコが殺竜鎗を振り上げた。

 

『おお、怖い怖い。

 それで殴られてはかなわぬ』

「レイの馬鹿ぁ!」

背を向けた私は笑いながらそそくさと逃げ出した。

 

年頃になってお互い意識し合う間柄ではあるが、

 それぞれが選び進む道の違なるレイコとマークが

  ヴァンとリリアンの様に皆から祝福されることはないかも知れぬ。

いずれ別れる道ならば、

 せめてこうして並び歩き、些細なことでも笑いあえる

共に過ごす時間を有意義なものにせねばならぬな、

 と余計なことを考えつつも心に決める私だった。

 

 

「おねえちゃんとおにいちゃんなら、

 きっとお似合いだと思うけどな」

『うむ。まあそこらへんは難しい

 大人の事情というやつがあるのだよ」

「ふーん」

私に肩車をされ、不思議そうに首をかしげてつぶやくのは

 新しい仲間である、『小さな何でも屋』クロエ・ホプキンス。

 

――結婚式が終わったのち、クロエは自分の口から

 ヴァンとリリアンにすべてを打ち明けたうえで暇を告げた。

 

自分がかつてヴァンが飼っていた黒猫だったこと。

 

ある日馬車にはねられて瀕死の重傷を負い、

 通りすがりの女魔法使いに生命を助けられて人間になったこと。

 

――クロエに聞いたところ、不思議な七つ道具とは

 猫としての能力を魔法の道具として具現化させたもので、

難しい理由はわからぬが、

 クロエが人間の姿なのはこの道具による一種の呪いの効果らしい。

 

「――なんとなくだけれど、わかっていたよ。

 クロエ――いや、クロ。今まで本当にありがとう。

 クロのおかげで僕は最高に幸せになることが出来たんだ。

 これからはクロ自身が幸せになるように生きていくんだよ」

いつものように優しい笑みをうかべて

 その頭をなでてあげるヴァン――バーナード・ホプキンス。

 

「クロエちゃん、ありがとう。

 私もあなたのおかげで幸せになることが出来たのよ。

 ここはあなたの村、あなたの家、ヴァンと私はあなたの家族よ。

 だから遠慮なんかしないで、いつでも帰ってきてちょうだいね」

両手を取って、そして涙ぐみ抱きしめる

 リリアン――リリー・アンジェリカ・G・ホプキンス

 

「そうだぞ、クロエ。

 何でも困ったことがあったら、私に相談するのだぞ

 お前たち三人のことを、私は自分の子供の様に思っておるのだ」

ちょっとばつの悪い顔をしたマーク――マルコーネ王子の前で、

 渋面でしきりに咳払いをしつつ

  頬を赤くしながらそう言い切ったリヒャルト・オルブライト伯。

 

「これはお前たちが私の家族だという証だ。 

 末永く幸せに暮らすがよい。

 ――それでは失礼する」

装飾された小箱――中には金銀一対の家紋入りの指輪と

 ペンダントがあった――を渡すと、

マークから逃げるようにそそくさと村を後にしたのだった。

 

 

「それじゃあ皆さん! お腹いっぱい食べてね!!」

伯爵からのご祝儀として持ち込まれた

 上等の赤ワインと牛肉、村特産の香辛料をふんだんに使って

レイコ特製の赤ワイン煮込みがふるまわれ、

 

「これはぼくから村の皆さんへのお礼の気持ちです」

マークからは特産の香草や香辛料を

 定期的に王城へと納める手書きの許可証が村長に手渡されたが、

不思議がる村人たちにクロエがニコニコ笑いながら、

「あのね。

 このおにいちゃんは王子さまなんだよ」

 

これには一瞬呆気にとられた村人たちが、

「これはまた祝いの席に大きな冗談が出たな!!」

と大爆笑しだすと、

「あはははは。

 まあ冗談だと思って、受け取っておいてくださいね」

マークも、私たちも、ヴァンとリリアンも笑いだした。

 

 

――私たちが村を去ってほどなくして、

 国王からの使者を乗せた馬車が

  数人の聖騎士を伴って村にやって来た。

 

そこで国王夫妻の印と署名の入った

 王城への正式な香草の納付認可証と

オルブライト伯がこの村の領主となる任命証を披露し、

 村長をはじめ村人たちの前で読み上げるに至り、   

改めてマークが本物の王子だったんだと

 二重の驚きと感激にわく村人たち、そしてヴァンとリリアン夫妻だった。

 

 

 

      ~2~

 

ヴァン念願の学校の校舎――と呼ぶにはささやかな

 建物の工事が村人たち総出で始まり、

活気づく村の姿に満足しながら村を出ようとした時、

 

「おじちゃん!

 クロも一緒に連れて行って!!」

門の影から七つ道具の入った革鞄を背負い

 短剣を腰に刺したクロエが両手を広げて私たちの前に立ちはだかった。

 

「クロエちゃん!?」

「クロエ!?」

驚きに足を止めたレイコとマークの前に出た私は

 クロエの前に跪いて、

『――クロエよ。本当に良いのだな?』

私が念を押すと、金色の瞳に

 強い決意をみなぎらせたクロエは大きくうなずいて、

「おじちゃんたちと一緒に、世界中を回って

 いろんなものを見てみたいの!」

 

『うむ。――だそうだが、レイコとマークはどうだな?』

大きくうなずき返して笑顔で私が振り返ると、

 顔を見合わせたふたりはクロエに歩み寄って、

 

「ぼくもきみと一緒だからその気持ちはよくわかるよ。

 ――よろしくね、クロエ」

その肩に優しく手を置いて微笑んだマーク。

 

「レイおじちゃんの面倒、

 しっかり見てあげてね。クロエちゃん」

頭にぽん、と手を置いたレイコが軽口を叩いてから、

「ただし! 食べ物の好き嫌いしちゃ駄目だからね♪」

指を一本立てて片目をつむった笑顔のレイコ。

 

『――だそうだ。

 よろしく頼むぞ、クロエ』

「おじちゃん…! おにいちゃん…! おねえちゃん…!」

胸にしがみついて泣き出したクロエを

 私は優しく抱きしめたやった。

 

 

 

――こうして、私の肩の上にクロエがいるわけである。

 

「おねえちゃんとおにいちゃんは、

 クロの正体がわかってたの……?」

肩の上から不安そうに尋ねるクロエに、

 レイコとマークは顔を見合わせてくすっと笑って、

 

「クロエちゃんが人間じゃないのは最初から分かってたよ」

「そうなの??」

目を丸くするクロエに手にした殺竜鎗を見せながら、

「でも、鎗が何の反応もしてなかったし、

 何よりクロエちゃんが可愛かったからね♪」

歯を見せてレイコは笑った。

 

「ぼくもさ。

 全然邪悪なものを感じなかったし、

 ヴァンとリリアンさんに向ける無垢な心が輝いていたからね。

 それに――」

ニコッと笑いかけて、

「クロエはヴァンさんのことが好きだったんだね」

 

あまりに直球過ぎる指摘ではあったが、

 それはマークなりの気遣いだったのかもしれぬ。

 

「うん! クロ、ご主人さまが大好きだったの!」

嬉しそうにうなずいて、

「だから大好きなご主人さまが

 リリアンおねえちゃんと幸せになったのがとってもうれしいの!!」

私の肩の上でぴょんぴょん飛び跳ねるたびに

 クロエの胸元でオルブライト伯からのペンダントが揺れ跳ねている。

 

クロエがその心境に到るまでどれほど悩み苦しみ、

 小さな胸を痛めていたのかはしれぬが、

今もああして家族である証がある以上、

 今こうして笑顔でいる以上、私はよしとしようと思う。

 

 

『――ところでクロエよ。

 お前は魔法で猫から人間の姿になったそうだが』

「うん! あのね――」

と、ヴァンとリリアンに打ち明けたことの経緯を話すと、

「……クロエちゃん。

 その、魔法使いのこと、もうちょっと詳しく話してくれるかな?」

なぜかひどく真面目な顔をしたレイコが見上げた。

 

「うん」

目を丸くしたクロエは話を続けて、

「真っ赤な毛をしていてね。真っ黒なマントを着てて、

 とっても怖そうだけど、とっても優しい人だったよ」

レイコの顔をじっと見つめて、

「――そういえば、おねえちゃんと感じが似てるね」

ポツリとつぶやいた。

 

「……母さんだわ」

「えっ! レイラおば上だったのかい!?」

『これはまた、何という偶然か…!』

驚く私とマークに比べ、

 事情を呑み込めていないクロエはひょこっと首をかしげて、

 

「おねえちゃん? クロを助けてくれたのって……?」

「うん、そう」

涙をぬぐってえへっと笑って、

「あたしの母さん。

 一年位前にひょっこりやって来たと思ったら、

 こんなことしてたんだね、母さんは……」

 

 

それから半年ほどたって

 我が友・レイナード夫妻は相次いで亡くなり、

結果それが母・レイラの姿を見た最後となったそうだ。

 

優れた占星術師でもあったレイラは

 自らの運命――死期を悟って会いに来たのかもしれぬ。

 

かつての冒険仲間でもあり無二の心友でもある

 マークの両親――レオーネ王とマルグリット王妃夫妻と

一晩中騒ぎ語り明かし、

 その間レイコに散々ちょっかいを出したレイラは、

 

『あんたはあんたの好きなように生きるんだよ』

 

付き合い切れずに先に寝てしまったレイコにその言葉を残し、

 レイコが朝目覚めた時にはいなくなっていたという――。

 

 

「おねえちゃん」

トン、と私の肩から飛び降りたクロエが、正面からレイコを見上げて、

「クロ、おねえちゃんのおかあさんにお礼言いたいな。

 おかあさんに会わせてくれる?」

「ええと……」

さすがに困った顔をするレイコに助け舟を出して、

 

『クロエよ。実はな。

 私もレイコの父親に生命を助けられたのだよ。

 それで私たちはレイコの家へと帰る途中なのだ』

「ほんとなの、おじちゃん!?」

『うむ。本当だとも。

 そこら辺の話は、道々詳しく話をしようぞ』

 

「うん! ありがとう、おねえちゃん!」

ちょこんと頭を下げると、

 私たちの顔を見渡してえへへと八重歯を見せて笑うと、

「竜のおじちゃんに、殺竜人のおねえちゃん。

 王子のおにいちゃんに、猫のクロ。

 えへへ、すごいね。

 クロたちみんな、ないしょの仲間だね!」

 

「――そう言われてみれば」

「――そうだね」

『お互いに秘密を共有する仲間か。

 これは面白いはっはっはっは』

これには私も笑いだしてしまった。

 

「えへへへッ♪

 じゃあさ。あたしたちがこうして一緒に旅をするのって

 運命だったのかもしれないね♪」

「あははは。

 確かに父上や母上、おば上やおじ上たちと違って、

 ぼくたちみんなお忍びの身だものなぁ。

 あまり目立たないように気を付けなくっちゃだね」

 

「おにいちゃんが一番目立ちそうだもんね」

クロエが悪戯っぽく金色の目を輝かせると、

 真面目な顔でうなずいて、

「うん、それは否定できないなぁ。

 ぼくはレイより世間と感覚がずれているかもしれないし。

 特に金銭感覚とか、世間の常識とかは自信がないよ」

頭をかきながらぼやくマーク。

 

『ふむ。お金に五月蠅いレイコがおるから大丈夫だろうよ。

 レイコもあながち常識があるとは言えぬしな』

「ちょっとぉ、なによそれぇ!!」

「クロもちょっと自信ないよ」

むくれるレイコの隣でクロエがおかしそうに笑った。

 

「――でも、運命かぁ。

 運命なら、ぼくは運命の神様に感謝しなくっちゃだなぁ。

 レイコにクロエ、そしてレイと一緒のこの旅は、

 きっとぼくにとって何物にも代えがたい貴重な経験に

 ――一生の宝物になるはずだから。

 運命を楽しまなくっちゃだね」

 

 

――のちに王位についたマーク――マルコーネ王が

 常に民に寄り添い名君の誉れが高いのは、

私たちと世界を巡る旅でいろいろ学ばせてもらったからだ、と

 当時を懐かしむように事あるごとに側近に語っていたという。

 

 

「運命の旅! 宝物をみつける旅!

 クロ、とっても楽しみ!」

クロエがぴょんぴょん飛び跳ねた。

 

「そうだね。楽しみだね」

その頭を優しく笑顔でなでるレイコ。

「いっぱい宝物が見つかるといいね」

 

『うむ。ならばせいぜいその運命とやらを楽しむとするか』

「もちろんだよ♪」

「賛成!」

「うん、うん!」

はっはと笑いあうと、

 私たちは再び街道を南向かって歩き出したのだった。

 

 

――E・N・D――

 

~SpecialThanks NonakaTanaka~

 

 

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『相棒』~レイとレイコの旅物語