~1: 町 
 
 
『――なにか張りつめた空気を感じるな』

 

その町を囲む高い三重の城壁と頑丈な門、
警備兵の入念な検査と
身分を証明する書類の提出を経て、
――竜である私の代わりに
  レイコが適当に書いてくれたのだ――
許可証がわりの赤いバッジを胸に付けて
ようやく町内へと入った私は、
壁の中の案外平凡な町並みを見回してつぶやいた。
 

「――ま。確かに、独特な空気を感じるよねぇ」

頭の後ろで手を組んだレイコが、
ジト目で行きかう人を見ながら言った。
 
ただの町の住人というにはあまりに物々しい恰好
――武装した兵士が常に行きかい、
それが住人の数より多いのは、
普通の町ではありえない光景だ。
 
「この町はさ。
 世界の災厄を封じてる町だから、かな」
『世界の災厄?
 レイコ、それはどういうことなのだ?』
私の問いにレイコは面倒くさそうな顔をして、
 
「ん~。興味ある、レイ?」
『無論だ』
「んん~~」
頭をガリガリかくと私の顔を見て、
「レイ!
 やっぱりこの町で泊まらないで、
 さっさと次の町に行こう!」
 
『私に話を振っておいて
 今更それはないだろう、レイコ。
 レイコは私に最後まで
 話を聞かせる必要があると思うぞ』
「んんん~」
ますます面倒くさそうに、両手で頭をかいたレイコは、
「それじゃあたしが話すのはメンドくさいから、
 話慣れた人に頼むから!」
ぷーっと頬をふくらませると、
「レイ! こっちについて来てっ!」
先に立って大股でズンズン歩き出した。
 
 
 
 
~2: 封印の館 
 
 
レイコが私を連れて来たのは、
町の中央にある広場の真ん中に建てられた
まん丸い石造りの屋根の頑丈そうな円形の建物だった。
 
その建物を中心として
放射状にのびる通りを見る限り、
この場所から町が広がって行った
というのが正解だろうか。
 
アーチ型の入り口には鎖鎧姿の衛兵が
斧槍を手にして厳めしい顔をして立っていて、
レイコが近寄ると斧槍を交差させて侵入を拒むと、
衛兵がギロリと睨んだ。
 
「何用か?」
「見学してっていい?」
レイコが何気ない様子で衛兵にひょいと話しかけて、
胸に付けた身分証である赤いバッジを見せると、
「うむ」
おもむろにうなずいて、
一度交差させた斧槍を再び真っ直ぐ立てて、
踵を打ち鳴らすと
「『封印の館』にようこそ!」
なんと笑顔で恭しくお辞儀をして中に招き入れた。
 
「レイ。こっちだよ」
『う、うむ』
「さあさ。どうぞ、どうぞ」
とニコニコ顔で中へといざなう衛兵の間を、
私は少々困惑しながら通り抜けて
建物の中に入った。
 
 
 
所々にともされた魔法の灯りに導かれて、
入り口の形のままにまっすぐ進む
アーチ型の通路の突き当りには
両開きの重そうな木の扉があって、
ここが見学の受付なのだろう、
その前にこちらを向いて置かれていた
大きな事務机には
濃紺の背広姿の恰幅の良い中年男性と
その左右に同色の制服姿のふたりの女性がついて
なにやら書き物をしていたが、
私たちの姿を見た男性が
ニコニコ顔で揉み手をしながら立ち上がった。
 
「封印の館へようこそ!
 おふたりですかな?」
「うん」
すこし眉を寄せたレイコがうなずいて、
私を親指で指して、
「あたしは別にいいんだけど、
 こっちが見たいんだってさ」
 
「ほうほう!」
大仰に目を丸くして、
「それなら是非、ご覧になっていてください!」
揉み手にニコニコ顔のまま、チラと女性を振り返ると、
 事務的な感情のこもらない声で右の女性が、
「一人5シルバーですので、
 お二人ですと1ゴールドになります」
 

 

※1シルバーは
 日本円で換算すると
千円
 
 1ゴールド=10シルバー
  =1000カッパ―
 
 この世界で流通している
硬貨としては
 
1カッパー
5カッパー
 10カッパー銅貨
 
 1シルバー
5シルバー銀貨
 
 1ゴールド金貨
 
 10ゴールドの価値の有る
 プラチナ貨があります

 

 

 

「はいっ」
むすっとした顔でレイコが
皮の巾着から金貨を一枚取り出した。
 
――なるほど。
 
高額な入場料を取るので
レイコは行きたがらなかったのだな、と理解したが、
それならそうと自分で説明すればいいのに、
なんだかんだと言いながら
私に封印とはどんなものかを見せたかったのだろうか。
 
「ありがとうございます」
右の女性が金貨を受け取ると、
左の女性が立ち上がって私たちの前に立つと、
「どうぞこちらへ」
扉へと誘導して、取っ手に手を掛けた。
 
「さあどうぞ。
 世界の平和と平穏を守るために、
 すべての災厄を封じ込めたこの部屋で、
 その緊張感をどうぞ体験されてください」
ニコニコ顔のまま背広の男性と女性が
扉を奥へと押し開いて、
揃って手を扉の中へと差し出した。
 
『すべての災厄とはなんだ?』
「そうですな。
 では簡単にご説明いたしましょう」
私の問いに、男はニコニコ顔のままうなずいた。
 
「――遥かなる昔、
 世界が暗黒に包まれた時、
 一人の偉大な賢者によって
 その元である災厄を封じ込めたのがこの地であり、
 その封印を守るために賢者みずからの魔法によって
 建てられたのがこの建物なのです」
 
『ふむ。なかなか興味ぶかい話だな』
「そうでしょう。そうでしょう」
男は揉み手をしてうなずいて、
「どうぞ。ゆっくり見学されてください」
『了解した』
 
顎に手をあててうなずく私の隣で、
なぜか難しい顔をしているレイコだった。
 
 
 
 
~3: 封印の間 
 
 
建物の中は外観通りの
丸くて天井の高い部屋になっていた。
 
床や天井には大理石と
色とりどりの幾何学模様のモザイクが
同心円状に交互に張られていて、
その差し渡しは五十歩ほど、
天井までの高さは人間十人分はあるだろうか。
 
部屋の中央に三十歩幅ほどの
青く澄んだ水の張られた池があって、
池の端で十人ほどの見学者が
顔を寄せ合い、何やらおびえた様子で
小声で話しながら指さす先は、
池の真ん中にある五歩幅ほどの石組みの島だ。
 
島へは石造りの橋が架けられていて
その上空で冷たく輝く
魔法の光に照らされていたのは、
島の中央に据えられた
黒い大理石の台の上に置かれた
何やら黒い蓋をされた白黒の斑の壺だ。
 
表面が斑に見えるのは
なにやら模様が入っている為のようだが――。
 
 
「あれが、『世界の災厄』を封じ込めている壺、よ」
まるで吐き捨てるようにつぶやくと
「……相変わらずここに来るとぞっとするわ」
殺竜槍(ドラゴンスレイヤー)を背に、
肩を抱いたレイコがぶるっと身を震わせた。
 
『ふむ。
 部屋というよりこの建物全体に
 かなり強力な魔法による封印が施されているようだ。
 レイコが感じるのも、きっとその力なのだろう』
「だといいけれど……」
『レイコ?』
何やら含みのある言葉に私が首をかしげると、首を振って、
 
「なんでもない。
 ――レイ。近くに行って見てみる?
 もちろん封印の魔法の効果で触れはしないけれど」
『うむ。行ってみるとしよう』
 
橋の手前には
つやつやした金属製の看板が立てられていて、
そこには受付にいた男の説明より
さらに詳しい内容が書かれているようだが
私はそれをチラ見しただけで橋を渡り、
壺に近づいてよく観察してみた。
 
壺までの距離はおよそ二歩。
 
壺の乗せられた台自体が
この館を包む強烈な結界魔法の発生元であり、
びりびりと肌に感じる魔力は
人間ならば触れれば一瞬で消し去るほど強烈で、
その結界のおかげで
余程の能力を持つもの以外、
つまり一般の見学者では橋すら渡ることもできないというわけだ。
 
指先から肘くらいまでの高さの
口元がすこし窄ぼまった丸い壺の表面の模様は、
今は失われた古代魔法『呪紋という
それ自体に強力な魔力を持つ文字が書かれていた。
蓋が黒く見えたのも、
実はこの呪紋がびっしり描かれていたからだった。
 

 

※複数組み合わせて
意味のある文にすることで
絶大な効果を発揮する文字
 
 とても文字とは思えない
奇妙な形で
絵や落書きに近いため
 子供がうっかり同じ形を書いてしまい
 文字ごと消失したり
死亡する事件が
「神隠し」と呼ばれていたり
 
 現代にも
より簡素簡略化・省エネ化されて
一部使われているとか

 

 

 

だが、しかしこれは――?
 
「どう、レイ。満足した…?」
私の後ろからひょこっと顔を出して、
眉を寄せて尋ねるレイコ。
 
殺竜槍の使い手であるレイコは
私のように当然近づけたが、
それでも背中に垂らした三つ編みの髪とスカートが
迸る魔力で風にあおられるがごとくなびいている。
 
『ふむ。
 無理を言ってすまなかったな。レイコ。』
壺に背を向けると、私は軽く頭を下げた。
『――行こう。
 ここにはもう用はない』
 
「――そっか」
なぜかホッとしたような顔をして、
「じゃ、行こっか!」
ニカッと笑って、背中の殺竜槍を担ぎ直すレイコだった。
 
 
 
 
~4: 宿屋にて 
 
 
その日は久しぶりに宿屋に泊ることが出来た。
 
竜の身である私にとっては
野宿などまるで問題はないのだが、
人間の、それもまだ若い女性であるレイコに
野宿ばかりさせるのはやはり気が引けるのだ。
 
中心街から外れた、
あまり上等とは言えない宿だが、
今こうしてレイコと食べている食事は
値段の割には大層な量もあり、
しかも私には極めて美味しいと思えた。
 
 
『――うむ。
 良い料理で私は大変満足している。
 いつものことながら、感謝するぞ、レイコ』
「どういたしまして」
ニコッと笑ってお辞儀を返したものの、
封印の館を出てから、というよりは
この町に来てからずっと不機嫌そうなレイコ。
 
宿の一階にある、
客でごったがえす酒場兼食堂で
この町の名物である封印料理
――『鳥肉とキノコのポットパイ』という名前らしい――
にも手を付けずに、ちまちまと
ベーコンと新タマネギの野菜サラダをフォークでつついている。
 
『食欲がないようだが、
 いつものレイコらしくないぞ』
運ばれてきたおかわりのパイの蓋を
スプーンで破りながら尋ねると、
「そうかな?
 レイの気のせいじゃない?」
レイコは首をかしげて、
初めてパイの蓋を破って中の肉を口に運んだ。
 
『レイコがなんだかおかしくなったのは、
 私が封印の話をしてからだな』
「…………」
無言でもぐもぐ口を動かすレイコ。
 
『――もしかしてだが。
 封印の館の入場料が高かったのではないのか?』
「それもあるけどっ!」
頬を膨らませて怒ったように、
「ちなみにねっ!
 あたしとレイのここの宿代が合せて金貨一枚よ!
 で、残りのお金が金貨五枚!
 ――ま、それは別にいいんだけど……」
ぶつぶつ言いながら
ベーコンを口にほうり込むレイコに、
私はスプーンをテーブルに置いて頭を下げた。
 
『所持金が乏しい中、
 余計な出費をさせてすまなかった。
 このとおりだ』
「い、いいのよ、レイ!
 お金のことはあたし、別に気にしてないから!」
わたわたと手を振って、
「――あのさ」
私を上目で観て、
周囲を気にしながらレイコが小声で言った。
 
「……レイも気がついたんでしょ?」
『ふむ?』
「あそこには封印されたモノなんてない、ってこと」
 
酒場のざわめきが、私には急に遠いものに聞こえた。
 
 
 
 
~5: 封印 
 
 
『レイコは知っていたのか?』
「うん……。
 どんなものかって興味あったから、
 前に寄ったコトあったんだ」
店の中を見回して、
「ここも、その時に泊まったんだ。
 料理も美味しかったしね」
そう言って、この町に来て初めて笑ったレイコ。
 
『どうして気がついたのだ?』
「これが何の反応も示さなかったからね」
壁に立てかけた、
布に包まれた殺竜槍をポンポンと叩いて、
 
「そんなに悪しきものが封印されていたのなら、
 何かしら反応があって然るべきなのに、
 全く無反応だったもの。
 どういう理由か知らないけれど、
 あの壺は空っぽなはずだわ。
 それに――」
 
『それに、なんだなレイコ?』
「う、うん」
ちょこんとうなずいてから館の方をあごで指して、
「あの壺から感じる魔力がさ。
 なんかおかしい気がするの。
 違和感を感じるっていうか、
 背筋が寒くなるような、そんな感じかするんだ」
 
『うむ。うむ』
満足げにうなずく私に、
いつもの表情に戻ったレイコは
口にニンジンをほうり込むと、
私の顔を興味深そうにのぞき込んだ。
 
「レイはさ。どうして気がついたの?」
『うむ。
 まずは壺に書かれている文字――呪紋だな』
「呪紋?
 ああ、 あの壺に書かれている文字のことね。
 あたしには全部は読めなかったけど――」
宙を見て顎に指を当てて、
『我を手にした~~名を呼ばれ
 返事をした~~~~を永久に封印せん。
 決して我を開けるなかれ。
 再び災厄現~~世界~~闇に包まれん』だったっけ?」
すらすらと暗唱するレイコ。
 
『うむ。
 今ではほとんど読める者もおらん呪紋を
 それだけ読めれば大したものだぞ、レイコ』
私が莞爾と笑ってうなずくと、
すこし顔を赤らめて口をとがらせて、
「魔法使いの母さんから読み書きを習ったからね」
『うむ。
 さすがは我が友の妻にして、
 レイコの母だな。たいしたものだ』
「~~~~~~~~~~」
『レイコ?
 どうかしたのか?』
返事もせずに
更に真っ赤になってうつむくレイコに構わず、
私は話しを続けた。
 
『――つまりだ。
 その読めなかった部分がお前の感じた違和感の正体だな』
「えっ??」
目を丸くするレイコに、
私は周りには聞こえぬように注意して
ある文章をつぶやいた。
 
『「我を手にしたものに名を呼ばれ
 返事をしたものをこの壺に永久に封印せん。
 決して我を開けるなかれ。
 再び災厄現われ世界は絶望の闇に包まれん」
 ――これが本来壺に書かれておるべき文字の全てなのだよ
 
「え……?
 そ、それって、レイ……??」
『間違った文字ゆえにレイコは字が読めなかった。
 つまり呪紋の効果を完全に発揮していない、というわけだな』
「っていうことは――」
フォークを手に目を丸くしたまま、
「あの壺は偽物なんだ……?」
 
『うむ。
 あの館全体の封印自体は本物だが、
 レイコの言う通り、壺が偽物である以上中身は空だろう』
「で、でもさ、レイ。
 偽物なのにあんな厳重に封印されているって、
 どういうことなのかな…?」
首をかしげるレイコに、
『これはあくまで私の推測だが――』
断りを入れてから私は言った。
 
『今は読める者もほとんど存在しない文字
 ――呪紋を読めるものがいたのだろう。
 そして今レイコが言った読める部分だけで
 全体を判断したことによる誤解というわけだろう。
 どこの誰が何の目的で造った物なのかは知らぬが、
 私が見る限り、壺の完成度からいえば
 本物を作る前の失敗作が残っていたのかもしれぬな』
腕組みをして、
『後の世に、それをたまたま手に入れた人間
 ――偉大な賢者とやらが、
 中に何か封印されていると思いこみ、
 この地に封印したのだろう』
「なるほど。勘違いなのね。
 そっか。そういうこと、か……」
レイコは素直にうなずいた。
 
『――だからだ。レイコ』
「うん?」
『お前が心配しているような、
 この町の住人が金儲けの為に、
 町を訪れる者を騙しているわけではないぞ』
「!!」
ぴょんとレイコの束ねた髪が逆立った。
 
『それがこの町に来てから
 レイコが機嫌が悪かった一番の原因というわけだな』
「……ごめんなさい」
『なに。気にすることはない』
フォークを置いてしゅんとするレイコに私は首を振った。
 
『なんらかの手段によって封印が破られ、
 災厄の壺を誰かに奪われ、
 再び世界の平和が乱されることを危惧しているからこそ、
 町にはこれほどの兵士が常駐しているのだろうからな』
 
見渡せば店の中では
この町を、しいては世界を守ることに
誇りを持っている人間たちが
明日に備えて英気を養うための酒盛りの真っ最中だ。
 
もちろんこの酒場の人間たちも
そんな彼らを支える仕事に誇りを持っていて、
この安くて美味かつ量もある料理は
きっと彼らに対する感謝の気持ちの表れなのだろう。
 
『封印の館も料金を取って
 あえて開放しているのは、
 来訪する者の目的を見定めるためなのだろう。
 料金が高いのもそのためだ。
 ただの観光目的か、それとも――』
「――壺を奪って身代金を要求したり、
 世界を再び闇に陥れるような危険な人物かを、ね。
 壺を手にすれば、世界を人質にするのと同じだもんね」
私の言葉を引き取ってレイコがつぶやいた。
 
『うむ。だからこそなのだろう。
 受付の三人は、皆只者ではなかったからな』
「うん。みんな身のこなしにまるでスキがなかったしね。
 ――暗殺者(アサシン)、かもしれないね……」
真面目な顔でうなずいたレイコに、私もうなずき返した。
 
「あ~あ、あ。
 でも、あたしの邪推でよかったぁ~!」
伸びをするように両腕を上に挙げてからニッと笑うと、
「これでこの町のことを見直せて安心、っていうか、
 落ち着いてご飯が食べられるわ!」
再びフォークを手にしたが、
 
「――でもさ、レイ。
 偽物があるってことはさ。
 あの壺の本物っていうのは、存在するの……?」
『うむ』
眉をひそめるレイコに、私はおもむろにうなずいた。

 

『私があの壺を偽物だと見抜いた理由は、

 実はそこにあるのだよ。

 本物の壺はとうの昔に破壊されていて、
 壺に封印されていた災厄は
 すでにこの世界に解放されているのだからな』
「え……?」
レイコの手にしたフォークから、ぽろっとキノコが落ちた。
「どういう…こと……?」
 
『本物には、太古の昔我々竜族が人間たちと共に
 大変な苦労と犠牲を払って封じ込めた
 「闇竜」が封印されていたのだよ。
 封印の場にはこの私もいたのだから間違えるはずもなかろう』
 
 
 
 
~6~
 
 
「え……??」
『でも今は――』
ぽかんと口を開けたままのレイコの
後ろの壁に立てかけた殺竜槍を指さして、
『レイコの両親たちとその槍の力で、
 世界の災厄は永遠に払われたわけだな』
私は優しく笑いかけた。
 
『だから安心するがいい。
 それにお金のことも心配することはないぞ』
「ど、どういうこと??」
うっすらと目に涙を浮かべたレイコに、
『我々竜が宝物を隠す習性がある、
 という話は知っているだろう?』
「う、うん」
『私にもご多分に漏れずその傾向がある、ということだ』
 
「……ということは」
『うむ』
またぽかんとした顔をするレイコに私はゆっくりうなずいた。
『盗難対策にだ。
 誰の手にも触れない別空間に、
 我が友の骨と共に保管してある』
 
「なによそれっ!!」
頬をぷーっと膨らませて、バンバンとテーブルを叩くと、
「レイにそんなにお金があるんじゃさ!
 金がないからって町を素通りして
 わざわざ野宿なんかする必要なかったじゃないのっ!?」
 
『お金があるわけではないぞ。レイコ』
私は静かに言った。
『宝石と装飾品だ』
 
「ああ~~っ、もうっ!!!」
バンバンバン。
「レイのバカ馬鹿ばかっ!!!」
真っ赤になってテーブルを叩きまくるレイコ。
 
――レイコはいったい何を怒っているのだろうか。
 
私はただレイコと野宿をするのが、
レイコの料理を食べるのが
レイコと共に時間を過ごすのが何にも代えがたい
とても楽しいものであったので続けていたかっただけなのだが。
 
「あ~~っ、あったまに来たっ!!」
バンバンバン。
「すいませ~ん!
 この店で一番高いお酒と料理じゃんじゃんお願いしま~す!!」
手を振り回して店員を呼ぶレイコ。
 
ぱくぱくぱく。
ぐびぐびぐび。
 
『レイコよ。
 そんなにあわてるとのどに詰まらせるぞ。
 もっと落ち着いて、ゆっくり食べるがいい。
 料理はけして逃げたりはしないぞ?』
「うるひゃい!
 どう食べようが、あたひの勝手でひょっ!?」
『やれやれ』
 
そして浴びるように飲めない酒を飲み、
料理をぱくつくレイコを穏やかな気持ちで見つめながら、
いずれ酔っぱらって眠ってしまうであろう
レイコを部屋に担いでいかねばならぬが、
さて殺竜槍はどうしたものか、と
幸せな悩みにため息をつくのだった。
 
 
――E・N・D――

 

 

 

※なんとなく『封印』イメージ曲

 

『ビリー・ジョエル/ストレンジャー』

 

 

 

シリーズ各話はこちらから

『相棒』~レイとレイコの旅物語

 

 

 

すっかり忘れていたあとがきはコチラ

#2『封印』~あとがき