ちょっと真面目で偉そうな話題ですが、週刊文春(12/21号)の鈴木おさむ氏のエッセイについて感想を書きます。
鈴木氏のエッセイの内容は、かつてのテレビ番組「スマスマ」についてのもので、それを立ち上げたプロデューサーが、ビストロコーナーのゲストに高倉健を招いた顛末を書いています。
高倉健のような大物俳優がバラエティ番組に出ることは通常あり得ないですが、どうしても出てもらいとのことで策を練ります。まずは連絡先を調べて打診しましたが、当然断られます。そこで、プロデューサーは、番組の趣旨や出演依頼を書いた手紙を毎週書いて送ります。1年経った頃に、高倉健から連絡が来て、出演OKの返事を頂きます。
高倉健のために、撮影にも細心の注意を払い、至れり尽くせりのおもてなしを行った、という話です。
私が、このエッセイで一番気になったのは、このプロデューサーは放送終了後、
「感謝の手紙」を高倉健に出したのだろうかということです。
高倉健は、プロデューサーの熱意にほだされて出演をOKしたもので、ビジネスライクな心情ではないだろうと思います。だったら、ギャラは出しているとは言え、感謝を伝えるのが普通ではないでしょうか。
日本には、仕事だったら非常識なこともある程度許されるという風潮があり、たとえ自分だけの仕事の都合でも相手に迷惑をかけてもOKと思う人も多くいます。
このプロデューサーの場合、高倉健をゲストにするというのは、自分らの仕事の都合であり、そのために手紙を何十通も送りつけるという迷惑行為をしています。
こういうことを美談とか手柄話にするテレビ業界は、非常識な社会と言えるのではないでしょうか。
鈴木氏のエッセイには、プロデューサーがお礼状を送ったかどうかは書かれていなかったのですが、高倉健はそういった礼儀に厳しそうな気もします。
仕事の依頼をするのに、家の前で待ち続けるとか、雨の中を待っているとか、を自慢のように書く人がいます。
人の同情心につけ込む、卑しい行為と言わざるを得ません。
身近にいたら一番嫌な人たちです。
続く