1970年代の人気文化人に、遠藤周作がいる。
今は、キリスト教文学の小説家として知られているが、亡くなられてずいぶん経つので、徐々に忘れられているかも知れない。
1970年代には、狐狸庵と称してユーモアのあるエッセイ本を出して、中学生の間でも人気があった。
私が読んだのは、「ぐうたら人間学」で、これは超ベストセラーになったと思う。
書かれたエピソードには、今でも覚えているのがある。
例えば、以下のようなもの。
○大学入試の作文課題で、提出作文に、盲腸の手術の後、ガスが出るのを待った、というのがあり、どうしてなのか調べたら、課題が「○○学部への期待」で、黒板書きの時に「へ」の前で改行されていた、というもの。
○身体検査で、試験管に尿を入れてくるように言われた学生が、トイレにこもって便を詰めてきたが、どのように入れたのだろうといぶかる話。
○出身の慶応大学関連の文芸誌「三田文学」の編集長になったが、編集員の一人が原稿を依頼しに某作家にアポなしで訪問したら、「前から連絡せんかい」と怒鳴られ、その家の前から電話してきた、という話。
○友達の三浦朱門は、色紙を書くとき、「妻をめとらば曽野綾子」と書いていた話。
こういった自分の事や周りのことを、おふざけ半分で書いたものである。
今は文庫本で出ていると思うが、発売当時は単行本で300円以下の価格で出ていたように覚えている。
遠藤先生は、テレビ番組にも出ていて、「ほんものは誰だ」とうバラエティに回答者として登場していた。
これは、何かをした人や専門家が3人出てきて、その中に一人だけ本物がいて、質問をすることでそれを当てるというものである。
遠藤先生はレギュラー出演で、時々、引っかけの質問をすることがあった。
例えば、鯨の専門家が出てきたときに、スケトウクジラを知ってますか、と存在しない種類を出したりする。
この番組は、家族でよく見ていたもので、真面目な本を書く先生とは思えなかった。
後年、遠藤作品は何点か読んだ。その中では、「深い河」、「イエスの生涯」(違うタイトルだったかも知れない)、が良かったように思う。
前者には、老いを迎えた遠藤周作の死生観がでているように思う。また、後者では、イエスという存在がどんなものだったのか考察されている。イエスが信者に何かしてくれるわけではない、ただ悲しみを自分のものとし、寄り添ってくれる。神とは沈黙するが、常に側にいる存在なのでは、というものである。
一般には、遠藤周作のキリスト教観は異端とされている。たが、日本人には汎神論的なキリスト教観はなじみやすい。
まあ、とにかく遠藤周作は人気の文化人だったのである。