今は共通テストと言っていますが、全国規模のマークシート試験が始まったのが1979年で、私の2回目の受験の時でした。

そのときは、共通一次試験と言っていて、国立大学の試験の一次試験の位置づけで、この結果と大学独自が行う二次試験との総合評価によって選抜が行われていました。

 

 それまでは、一期校、二期校があり、前期、後期に分けて受験が行われており、二回受験のチャンスがありました。これが共通一次試験が導入され、一回勝負となりました。

 

 一回目なので大学も手探り状態で、二次試験に何を受験科目にするか、一次試験と二次試験の配点をどのような比率にするか等、大学により様々でした。受験生側も、自己採点と競争率の中間発表、大学の二次試験の科目を見て、受験先を決めました。

 

 1979年の共通一次の受験者数が32万7000人で、今年の共通テストの申込者数53万5000人です。学生が少なくなったのに受験者数が増えたのは、私立大学にも共通テストを利用するところが多いためで、大学によっては、共通テストの点数だけで合格できるところもあるようです。

 

 1979年の共通一次は満点が1000点で、社会、理科は2科目を受けないといけませんでした。理系にとって社会2科目は結構厳しく、私は浪人になって社会をもう一つ勉強することになりました。元々は日本史を選択していたのですが、さらに世界史をとりました。受験と無関係で言えば、教養を付けるなら、歴史を勉強しておく方がいいと思います。

 

 理科は、物理、化学を選択しました。理系は普通はこの2科目が一般でした。

 1979年の試験は、数学I、化学I、物理Iで、数学ⅡBや化学Ⅱなどは出題範囲に入っていませんでした。今の共通テストは、化学、物理という分類なので、昔のⅠ、Ⅱの両方を含んでいるのでしょう。数学も、I、Ⅱ両方入っています。

 

 私の自己採点は、800点代の後半でした。数学(平均点150点くらい)、物理(平均約60点)、化学(平均約50点)は満点でした。理系の学生は、易しすぎて差がつかないと言っていたものです。

 社会は、日本史、世界史合わせて150点くらいで、まずまずだったのですが、結構勉強しないとこれ以上はとれないと思いました。

英語、国語は、それぞれ8割くらいの得点だったと思います。

 

 最初のマークシートの試験と言うことで、マークの塗り方とか消し方とかを練習したことを覚えています。試験会場は、徳島大学です。高校の先生が沿道にいて、頑張れと言ってくれたことを覚えています。(私にというわけではなく、同級生全員に向けてです)。

 でも、受験の実際のことはほとんど覚えていません。

 

 当時、浪人生は結構多かったように思うのですが(3割くらいは浪人していたような気がする)、今は2割もいないようです。今年の共通テストの志願者も浪人生は十数パーセントのようです。どうやら、1995年頃から浪人生の割合が減っているようで、バブル崩壊の影響かも知れません。

 

 今年は1月16,17日が試験のようですが、コロナの影響で受験場所の分散が考慮されているようです。また、東京の大学は結構避けられるかも、というような憶測もあり、難易度の変化もありそうです。

 

 私の世代も受験戦争と言われ、受験に神経をすり減らしていましたが、今から考えると、受験時代よりも努力して覚えることが大学にはいっぱいあります。答えのある問題を解くことに価値があるのではなく、解けない(解けていない)問題を見つけ出して、解決のための方法を見いだすことが必要です。

 

 教育論については色々意見もありますが、受験制度をいじるだけでは何ともならないと思います。受験生が振り回されるだけだろうと思います。