全然関係ないんだけど
マックのポケモンコラボの声明文読んで
マックに関わるすべての人に対する愛と
それを守ろうとする力強い意思表明に
なんかすごく感動してしまった
私が我慢して溜め込んでたことって
こんな風に自分の気持ちを表現して
外に表明していかなきゃいけなかったんだよな
って改めて気づかされた
お客様や、近隣の住民や店舗だけでなく
マックのクルーの皆さんへも謝罪されてるところにも驚きと共に感動した
並列に従業員一同で謝罪するのはよく見るけど
従業員さんにまで謝罪するの初めて見たかも
なんかすごい関わる人全てへの愛を感じた
大事な理念や、守りたい大切な人達のために時には戦う姿勢、
今も現在進行形で、私に必要なものなんじゃないかと
ジャンクフードとか、スピリチュアル界隈では色々言われるけど
これだけ愛されてる所以と
子どもたちと家族の笑顔を願う
という根本の姿勢が本当に美しく感動した
私の情緒どうかしてるかな
マック食べた過ぎて、頭おかしくなった?笑
さて、つづきです
そんなこんなのここ1~2年
全然うまく行ってなかったけど
自分ではそんな悪い感じには思ってなかったかな
子ども達は自分のやりたいことを楽しんでいるようだったし
それを許容できる親の懐の深さみたいなところは
自分の親の反面教師として、よくやってると自負していたし
夫がキレた心の内も、自分のおもいやりの欠如が発端だったなと反省して
日曜日にみんなでごはんを食べようと、こちらから連絡してみたり
家族が良くなるよう自分が許容して、そういう場を作って
戻ってくるきっかけを作った
3人の子どもを抱えて、無職のニート主婦がシングルになる勇気はない
自分はそういう玉じゃない、と思っている自分がいるから
シングルの選択はない
ヒーラー養成講座に落ちたのが去年の夏
夫に声かけはじめの秋
末っ子の高校受験が終わった冬
上二人の浪人生活の始まった春
自分の生活が充実してる感じはなかったけど
サポートに終始している感じが、そんなに嫌でもなかった
今思うと
これが自分のために生きてないっていう感じだけど
そうは思わなかったけど、充実している感じではなかったし
自分なりに、好きなドラマやドキュメンタリーを好きなだけ観たり
ゲームしたり、好きなもの食べたり
ひとりでお昼ごはんにスシローに行ったり
セブンのコーヒーを車でのんびり飲んだり
自分なりに楽しんでいた
だけど、本当の自分の気持ちってものを
受け止めるほどの癒しにはほど遠かったんろうなぁ
少し前の記事に書いたけど、
子どもの小中9年間、ほとんど話したことなかった人が
受験校が同じというだけで、姉が卒業生なので
情報を引き出すために急に連絡来るようになって
ほんとまじでうざかった
そんなことする奴だから、向こうが先に専願で受かったあと
こっちまだ一般の合否待ちの時に、
体操服か何か学用品のこと質問してきやがって
腹立ちすぎたから
「まだ合否決まってないのに、学用品のこと考えるのなかなかしんどいから、終わってからでいいですか?」
ってムカつきをちりばめて返信してやった
そういう自分のことしか考えてないやつ
◯ねばいいのにってシンプルに思うんやけど
多分、私もそれくらい自己中でいいんやない?ってメッセージなんやろうと思う
自分で調べれば?って強く言えない自分も嫌だったし
LINEがくる度に戦々恐々としていたし
家がめちゃめちゃ近所なので、そんな邪険にできなくて悶々としていた
今も忘れた頃にどうでもいいこといちいち聞いてくるから
この前あんまり知らんことやったし
「わかりません、学校に聞いてください」ってもう役に立ちたくないのを実現した
今度また言われたら、
分かりません、自分で実際行ってみてやってください
って言おうと心に決めている
これは搾取だよね、エネルギーバンパイア
絶対今度言ってやるからな
とにかく自分のために生きてる感じは、少なかった気がする
でも、たいじろうさんという、スピリチュアルのお話をされている方のYouTubeを偶然見つけて
自分とエネルギーが似てるかもとピンと来て
毎月あってる無料のズームのセミナーと
有料のセミナーのアーカイブを観た
私の聞きたかったお話はこれだ!
と懐かしさと共鳴の中、胸が熱くなった
うれしかった
たくさんの人に聞いてほしいという無料セミナー
その良心的な姿勢もいいなぁと思ったし
もちろん有料のコアな内容のものも素晴らしく
ライトワーカーの集いであり
プレアデスの人が多いということで、ますますここは自分の乗り込む船だ、と思った
繊細で温かくやさしいエネルギー
そういう素敵な出会いもあった
それでも自分を大切にする、っていうことが圧倒的に足りてなかったんだと
今は思う