簡単なことができなくなってる自分が歯がゆく思うときが多い最近。
でも簡単だったことは10年たっても簡単なままなわけで、
簡単だったことを難しく変換してしまったのは自分なわけで。
だから歯がゆいわけで。
成長って何なんだろうなって思います。
子供のころのほうがよっぽど自分に正直だったし、
腹の底から笑ってたし、
悲しいときに思いっきり泣けたし。
疑問に思ったらすぐに聞いたし。
大人な振る舞い、
大人な対応、
社会の常識、
そんなのにかたっ苦しさを感じます。
てか最初から感じない人なんていないだろうけど
でも、そつなく礼儀作法が身についてる社会人男子もかっこよく見えるという、
難しい年頃なわけで。
早く慣れたいです。
早く、
そういう形が自然と自分の中から出てくるようにしたい。
まー焦らずじっくりだね。
楽しいってのはそれをうまく楽しめるかどうか。
なんじゃないかなと思いました。
もちろん休みの日に自由に時間と足を使って、
遊ぶのは楽しい。
ってのは、
自分の好きなようにそれを楽しめてるから、
楽しいのは当たり前であって。
楽しいから好きになるわけでもあって。
ってことから、
与えられた仕事や勉強でさえもそれを自分が楽しめれば、
それが自分にとっての楽しいことになるわけでもあるわけで。
それが試合だろうが、人生かかった面接だろうが。
ていう理詰めです。
というのも最近の自分は少し、力加減を間違えていたのかなと気付き始めたから。
必死になるのは間違いではなく、
笑いを排除してまじめに
一生懸命努力できることは素晴らしいことだとは思うんだけど。
そこに何も楽しさや明るい要素を見いだせないような生活は結果的に間違ってるのかなって。
厳しくストイックにすることを目的に練習したってそれはスタート地点をミスってんだよね。
楽しむってことは少し緩いんじゃないか、
へらへら笑って結果が出せるのか、
たぶん自分の出発点もそんなとこだったと思うけど。
トータル、
振り返ってみれば、
同じことをするなら楽しんだほうがいいことが多いんだろうなって。
たぶんそこには結果が付いてくるかどうかも含まれる話で。
なによりなんかギラギラしてて近寄りがたい。
ふざけるわけでもなく、
へらへらするでもなく、
楽しむってのは集中するってことなんかなって。
楽しければ何でもいいやってわけでもなしに。
むしろ楽しんでるやつのほうが、細部にこだわるわけで。
言葉を換えれば「夢中」ってことだよね。
すげーね、夢の中だってさ。
そりゃあ楽しんだろうね。
「人生楽しんだもん勝ち」
あると思います。