胸の痛見というものはちゃんと感じていたいんです。
お友達、好きな人、家族・・・・。
大切な人に話したら、痛みは和らぐだろうけど。
でも。
生きていく上で必要な痛みだと思うから
つらいことは人にはあまり話しません。
それって苦しいことかもしれないけど、
ぐっとこらえると強くなれる気がします。
ストレッチと一緒。
一回頑張れば、
その次はちょっと楽になる。
耐えることは、
心のストレッチ。
ベッキーの本の中の言葉を引用したものです。
ストレッチと一緒って発想がすごいです。
普通我慢するとストレスがたまるとか、しんどいとかおもうのに。
つらいことに自分で耐えることは自分を弱めていくんじゃないんです。
強くしていくんです。
そして強くなるというのも、
かたくぶれなくなるというよりも、
優しく柔らかく強くなるんです。
そんなふうに解釈しました。
べっきーすげー。
心の声は人には聞こえません。
心の声を本当の声にするかどうかは私たちにゆだねられています。
ワンクッションあるんです。
ワンクッション与えられたんです。
だったらすべての思いを声にするのが正しいわけではありません。
心にしまっておくべきこともあります。
これも同じ本の中から。
なんとなく読んでて思ったのは、
自分の中のつらいことや悲しいこと、
マイナスなこと。
そして人に対する悪い感情や負の思い。
そういったものは自分の中で処理するべきなんだろうなと思いました。
僕は人とつらいことや悲しいことを共有してこそ、
分け合ってこそ本当に理解しあえるとか思ってました。
でもそれって自分の都合なんですよね。
そうやって人に話したところで、
結局何も変わらなかった。
確かに、それで人と距離が近くなったような気もしました。
なんでも話せるようにもなるし。
でも、それってなれ合いと紙一重。
つい愚痴っぽくもなってしまうし。
むしろ自分がどんどん弱くなっていった気がした。
そういった弱い部分を外に出したところで、
何も変わりませんでした。
結局何がしたいんだろうって自分で思ってしまうんですよね。
人に話したところで何も変わらないのに。って。
負の思いや、マイナスなことを外側に出しても、
何も良くなりません。
もちろん絶対ということではないけど。
マイナスを心配したってプラスにはなりません。
人とマイナスを分かち合ったって何も変わりません。
何かを変えていくには、
プラスを出していくしかないんです。
マイナスは自分で処理して。
人とはプラスを共有する。
自分ルール。