前回の日記の続きみたいな感じになります。
前回は自分の我について書いてますが。
その我のせいで自分の中の良い部分に目がいかず、
どうでもいい外部との背比べに囚われまくってる的なことを。
それって結構人付き合いのことを意識して書いてたんですけど、
今回はそれを自分の「すること」に延長させました。
もともと自分は目の前のことにすぐに夢中になるたちです。
好奇心旺盛だし、行動力があるから。
まー持続力にかけるのが難点ですが。
それは、
自分に余計なこだわり(我)がなかったからです。
こんなこと自分で言うのもはずいですが、
好きになろうなんて意識せずにも、
何も考えず純粋に目の前のことを味わうことができたんです。
もともとそうやって過ごしてきました。
だから学校の勉強も部活の練習もちっとも苦じゃありませんでした。
そして、
学生の本業が嫌いじゃなく楽しんでたから(テストとか)
それ以外の友達との付き合いも全然苦労しなかった。
知ってますか。
人って自分の周りを「好き」だけで埋め尽くせることができるんです。
自分の周りにあるすべてを好きになれるんです。
しかも「好き」ってすごいんですよね。
いやいややってたら気になる小さなことも「好き」だと、
「好き」なだけですべてを解決できるんです。
というか気にならなくなんでしょうけど。
そんな自分が仕事を選ぶにあたって、
定めた軸があります。
楽しいこと、やりたいことをしようって。
そこまでは良いと思います。
でも、
楽しいのが何か具体的にあるわけではないんです。
それなのにそう考えてしまったことで、
物事の選り好みするようになってしまったんです。
したら面白いもんで、
なかなか納得いくもんが見つかんないんですね。
どんどん目の前の物事にケチをつけ始めて。
楽と楽しいをはきちがえて。
納得しないまま、
やりたいとも思えないまま「とにかくやらなきゃ」で今の仕事をしてるから
人付き合いに救いをもとめようとする。
同僚とは上司の愚痴を言い、
仕事の不平不満を言い、
休み時間には先輩と夢物語を語り、
そうやって毎日重い腰を上げる。
大切なのは、
というか自分らしいのは目の前の仕事を、生活を好きになることなのに。
あ、
でもだからって自分の楽しいを見つけることをあきらめるというわけじゃありませんし、
今の生活が好きだからってそのまま居座ろうなんて
これっぽちも思ってませぬ。
余計なこだわりをすてて今の生活を好きになること。
そうすることが逆に本当に楽しめることを見つけれるプロセスだと思ってます。