今日は四年最初の授業です
といってもゼミですが
ホントは午前中にひとつ二年生の授業がある予定だったのですが
授業開始は10:00です
起きたのは11:40です
よくあることです
・・が
こういったことに対して
明らかに慣れ始めていることに対して
若干戸惑いを感じますが
ところが履修上とる必要があると思っていたその授業も
何か取らなくてもよかったっぽいので
安心しました
年下に交じって授業を受けるのは何となく抵抗があるもので
明日は全休です
一年の頃は全休のある友達を見て何と羨ましく思ったことか
でも
今は普通です
慣れは怖いですね
以前日記にも書いたように
理解し合った友達というのに憧れます
そこから僕はもっと仲良くありたいと思って行動しました
というか
何も気を使わず冗談を言い合っている
あっこの人たちお互いのことを理解してるなあ
と思える人たちが何か羨ましかったんです
そのせいか
そのアプローチを間違えて形から入ってしまったんですね
特に話し込んだことがあるわけもない相手に対して
差も仲のよさそうな素振りで近ずく
そういった素振りというのは全く知らない人からすると若干失礼ですよね
今考えるとなんでそんな事をしたのか理解ができません
まあ、そんなこんな
そこから試行錯誤することで
今日まで仲良くなるというのは無意識のうちの願望みたいのになっていったわけです
子供の頃といっても中学とかはそんなこと意識しなくてもよく知ってる奴はいたと思うんですが・・
今日思ったのは
仲良しの度合い
友達の定義なんてない
ゴールはないんだということです
ここまで仲良しになったから
この人とは親友
この人はまだそんなに打ち解けてないから
友達だな
みたいに
仲良しのパラメーターみたいのなんて
測れない
つまり
意識的にどうこうできるものではないし
意識して変えられるものでもないと思います
だって意識して仲良くなろうとすると
その仲の良さを自分なりに解釈してしまうということで
そうすると必然と終着点とかができてしまうわけで
そうするとこの人は仲良いからとか
この人は親友だから
みたいに人を意識的に区別をすることにつながって
なんとなくそれって損得勘定で選ぶことに近いかなと思います
・・・なんというか
その人ともっと仲良くなろうという考えは違うのかなと思います
ていうかそういうのは一人では成り立たないわけで
つまり片っぽの勘違いもあるし
その人のことをもっと知ろうとかいうのだったらわかりますが
つまり
あいまいなんですね
人それぞれで違うと思うし
仲の良さなんて
求めるものではない
自然と育まれていく
そこにゴールなんてない
欲張るものでもない
だから
ぼくは
その人の心のことは知っておきたいと思います
その人が
何に対してどういう思いを持ってるのか
好きな人を聞き出そうとかそんなこっちゃないです
人それぞれなんです
もしかしたら何気ない言動も
ある人にとっては
いい思い出の引き金になるかもしれないし
ある人にとっては
つらい気持ちにさせるスイッチかもしれません
そういうことです
そういう心の背景みたいのを知りたいです
単に何が好きだけじゃなく
何でそれが好きなのか
そのヒトは何を大切に思うのか
そして
その人が本当につらい時は力になってあげたい
察知できるようになりたい
もっと仲良くなろうという意識よりも
こっちのほうがずっと自分にはしっくりくる考えです
そして自分のことも知ってほしいです
僕が何に対してどう思うのか
伝えたいと思います
結構そういうこと知ってもらえてる相手ってのは信頼できるしね
これを
書いてて思いました
そういった心の背景を知れてる友達はあんまいないかな
と
形ばっか考えてたせいですね
楽しく冗談を言い合うのも
ふざけ合うのも僕は大好きです
でも
大切なのはこっちだと思います
友達
もしここまで読んでくれた方がいたら
こんな粗末な文を読んでくれたことに心から感謝します
そしてできればこの考えに対して意見を載せてくれたら非常にうれしいです