あの「初めての金縛り」を体験してから、どれくらいの日が経った頃でしょうか。
その夜、両親は仕事で遅くなり、家にはいませんでした。
私は、歳の離れた幼い妹(当時2歳)と一緒に、静かな部屋で眠りにつきました。
……どれくらい時間が経った頃でしょう。
突如として襲ってきた強い揺れに、私は跳ね起きるように目を覚ましました。
「地震……!?」
グラグラと激しく部屋が揺れています。
体感では震度4か、あるいは震度5に近い大きな揺れでした。
見上げると、天井の蛍光灯が大きくゆらゆらと揺れ、壁際のタンスもガタガタと音を立てて震えています。
隣を見ると、幼い妹はまだすやすやと眠ったままです。
(妹を守らなきゃ……!)
恐怖で心臓が潰れそうになりながら、私は妹をかばうように抱き寄せ、掛け布団を頭までかぶって小さく丸くなりました。
早く揺れが収まってほしい——そう祈りながら布団の中でじっと耐えているうちに、私はいつの間にか気を失うように眠ってしまっていたようです。
次に目を覚ました時は、すっかり明るい朝になっていました。
リビングへ行くと、昨夜は仕事で午前様に帰ってきたはずの母親が、すでに起きて朝の支度をしていました。
ホッとした私は、昨日あった恐怖を共有したくて、すぐに話しかけました。
「お母さん、昨日の夜の地震、すごかったね!」
しかし、母親は不思議そうな顔をして、こう言ったのです。
「え? 地震なんて昨日は起きてないわよ。夢でも見てたんじゃないの?」
それを聞いた瞬間、背筋にスッと冷たいものが走りました。
(そんなはずはない……あんなにタンスも蛍光灯も揺れていたのに……)
当時の私は子供だったこともあり、「お母さんは昨夜、10キロも離れた職場にいたから気づかなかっただけかもしれない」と自分に言い聞かせ、そのまま学校へ向かいました。
ですが、学校に着いてからも違和感は消えませんでした。
登校中、友達に「昨日の夜の地震、すごかったよね!」と話しかけても、
「え? 何言ってるの? 地震なんてなかったよ」と笑われます。
不審に思った私は、教室でもクラスメイトたちに訊いて回りました。
「昨日の夜、大きな地震あったよね!?」
しかし、返ってきたのは呆れたような視線と、冷ややかな言葉でした。
「そんなの起きてないよ。お前、嘘ついてるだろ?」
誰ひとりとして、あの激しい揺れを知りませんでした。
それからしばらくの間、クラスで私についたあだ名は「嘘八百(うそはっぽう)」でした。
(※当時流行っていた時代劇『大岡越前』で、お奉行様が罪人に放つセリフから取られたものです)
みんなには「嘘つき」だと笑われました。
けれど、あのアパートの部屋で、妹を抱きかかえながら感じたあの激しい揺れ。
ガタガタと音を立てて揺れていたタンスと蛍光灯。
あれは本当に、単なる「夢」だったのでしょうか……。
心霊写真にイタズラをして以来、私の周りでは、こうした”現実とズレた怪異”が何度も起こるようになっていったのです。