「演劇プログラム」と書かれた祖父のスクラップブックにあった
早川雪洲の公演チラシです。


  10月8日より昼夜二回(五日間) 
  名古屋新守座。

右上に「昭和8年8月」と祖父の書き込みがあり
興行の予告のようです。
上には「早川雪洲 実演」と記載が。

真ん中の腕組みした軍人さんと

隣でハンケチーフを目に当てるご婦人の絵は

二幕目「武男と波子」のひとコマ。

恋愛物かなと思ったら、

徳冨蘆花の「不如帰」でした。

早川雪洲の愛読書だったそうで

武男役は勿論、早川雪洲、

波子役は東日出子。

東さんについて調べてみると、帝国劇場座付女優とありました。


演目は

一幕目「静夜曲」一幕二場

原作 吉田?次郎

演出 青山杉作(俳優座の創設者)


二幕目「武男と波子」六幕七場

第二改訂とありますが、構成作家、演出は不明です。


三幕目 「殉死」

原作 水木京太郎

演出 北村喜八(築地小劇場、芸術小劇場、新劇)

水木さんの情報はネットになさそうです。



早川雪洲の御挨拶

「私共新人が秋季演芸会の活躍を新守座にて八日より飾る事になりました。

御当市には二回目の出演であります。

今回は好劇家のおすすめに依まして

「静夜曲」改訂「武男と波子」「殉死」を上演全員全力を挙げて

皆様の御期待に報ゆるつもり何卒前回以上の御声援下さることを固く固くお願い申上升

早川雪洲敬白」


早川雪洲といえば、「戦場に架ける橋」

ハリウッドスターのイメージですが

日本でも巡業していた時期があったのですね。

挨拶の冒頭に「私共新人が」と謙虚な言葉があるので

巡業初期でしょうか。


祖父の記載した昭和3年(1928年)が正しければ

その頃、新守座以外にも

国内巡業した可能性がありそうですね。


また、翌年は雪洲と交際関係にあったルース・ノーブルに

子供が産まれており

当初、妻の青木鶴子さんに隠していたそうですし

雪洲さんにとって、悩み事の多い大変な中での興行だったのかもしれません。



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