こんにちは
あゆみです
前回のお話はこちら▶︎▶︎
私は普通じゃない
ずっとずっとそう思い続けていました。
そのルーツは小学校1年生で場面緘黙症になったこと
クラスで一言も話せなくなり、周りから変な目で見られ、助けてもらえなかった。
母親からも否定された。
勘違いかもしれないけど、当時はそう思っていました。
私は普通じゃない
「みんなと違う」「変な子」
そうやって自分を嫌うようになっていったんですね。
あの時場面緘黙症になんてならなければ、私はもっと普通の子供でいられたのに。
きっと友達も普通にたくさんいて毎日楽しく過ごしていたはずなのに。
そうやって過去をずっと呪っていました。
そしてこんな自分を恥ずかしい存在だと信じていました。
だから、当時から今の今まで自分がしゃべれないことも、しゃべれなかったことも、辛かったことも、母親に相談したり打ち明けたりすることはできませんでした。
でも先日やっと話すことができたんですね。
40過ぎてやっとです。
私は場面緘黙症だったこと
(当時は名前すら知らなかったけれど)
クラスでしゃべりたくてもしゃべれなくてすごく辛かったこと
友達ができなかったこと
でも私が悪いんだと思ってお母さんに何も言えなかったこと
自分の感情を少しづつ言葉にすることができるようになってきて、
自分は恥ずかしい存在ってもしかして思い込みなんじゃないか
と、ずっと信じてきたものを疑えるようにきたからこそ母にも言えるようになったんだと思います。
私の告白を聞いた母は涙を流しながら、
そんな辛い思いをしてたんやね
気付いてあげられなかった
お母さんも全然知識がなくて何もしてあげられなかった
ほっといても大丈夫だと思った
ほっとくしかないと思ってしまった
と言ってくれました。
私のこと恥ずかしいと思ってるだろうなと思ってたよ、って伝えると、
そんなわけない!!
と強く否定されました。
母は私を恥ずかしいなんて思っていませんでした。
それと同時に分かったことは母は未熟だったということ。
子供の私はどこかでずっと母を完璧な人だと思っていました。
でも違う、
母は未熟でした。
分からないこともたくさんあるし、間違えることもたくさんある
放っておくべきじゃないことも放っておいてしまう
だから母は完璧じゃない
母が全てではない
母から認められなくてもよかったんだ
やっとそう思えました。
でもこうやって母に「あなたのこと恥ずかしくなんてなかったよ」って直接言われたとしても、長年染み付いた価値観はしぶとく残り続けます。
明るくないとダメ
私にとっては呪縛級の価値観です
「おとなしいね」と人から言われるだけで剣で心をえぐられたような気持ちになります。
どんなに褒め言葉として言われたもしても。
明るくない自分を受け入れられない。
どうしても受け入れたくないんですね。
おとなしい、暗い自分は
損する
見下される
バカにされる
嫌われる
尊重してもらえない
いいように扱われる
孤独になる
幼少期の経験からそんな思い込みが強いのです
暗いとずっと幸せになれない
でもですね、明るくないとダメだという価値観を握りしめているにも関わらず、現在の私は決して明るいわけではないんですよね。
不思議ですよね…。
明るくないと幸せにはなれない!とまで思っているのに、私は明るくなろうとはしていないんです。
明るい人になりたいな…
そう思うだけで、実際に自分の性格を変えようとはしていないことに気づいたんです。
これ、紐解いていくと
暗い自分の方が安心
なんですよね…。
暗い自分に実はメリットを感じていたんです…
暗いと、
目立たずにすむ
人前で話さずにすむ
人から期待されずにすむ
だから失敗することもない
恥をかくこともない
傷つくこともない
暗い自分でいることで安心感を感じていたんです。
そうやって自分を守っていたんですね。
場面緘黙症になった時も、
私は暗くて一言も話さないという人格を作ることで傷つく場面から自分を守っていたのだといえます。
明るくなる=無防備に自分を外に放つということ
それは私にとっては死ぬほど怖いことだったんです。
だから必死で守らなければいけなかったんですね。
それくらい外の世界は私にとって危険だと思っていたんです。
たとえ自分から嫌われたとしても、それでも自分を守り通す必要があったんですね。
そう考えると、小さな頃の私がとても健気に思えてきます。
ずっと責めていたけど、感謝の気持ちも湧いてきます。
でも最近やっと気付きました。
もう必死で自分を守る必要はないということに。
心のことを学び始め、今まで言うのが怖かったことを少しづつ言えるようになりました。
そして少しづつ外の世界に足を踏み出すようなって、そのあたたかさにすごく驚いたんです。
そこには、どんな私も受け入れてくれる世界がありました。
今まで怖いと思っていた、必ず傷つけられると思っていた世界は私が作り上げたものだったんですね。
実際は全然違いました。
「助けて」と声をあげれば
助けてくれる人はたくさんいました。
実は自分が自分を一番傷つけていたんですね。
自分をそのまま出しても大丈夫なんだ
怖がらなくても大丈夫なんだ
だんだんそう思えるようになっていきました
もしかしたら傷つけたり馬鹿にしたりする人もいるかもしれません。
でも、その人はその人ですごく怖がっていることもわかってきました。
だからあまり恐れることがなくなってきたんです。
家庭にも学校にもどこにも安心感を感じられなくて心を閉ざしてしまった少女は、今は安心感に包まれたあたたかい世界にいます
慣れ親しんだ場所に居続けることってすごく安心だと感じるものです。
だってそこしか知らないんだから。
でも同時にいつも苦しみを感じている。
その苦しみも当たり前のものになってもう麻痺してるかもしれない。
でもいつかどこかで心が悲鳴をあげます。
それは大きな絶望かもしれないし、
ヒステリックになるほどの大きな怒りかもしれない
そんな時は少しだけ勇気を出して今いる場所から出てみてほしいです
それはすごくすごく怖いことかもしれないけれど
何年か先には「悩み」なんていう言葉も忘れてるくらい、自然と笑っている自分がいると思います。
