昨年の終わりに、幼少からお世話になった
大好きな大好きな親戚のおじさんが亡くなった。

88歳。
5人の孫と7人の曾孫に囲まれて幸せな最期、
だったと聞いた。

私は葬儀に行けなかった。
母から連絡を受けた時、実感がないことと
参列出来ない心苦しさが綯交ぜになった。

チーコロも学校があるし、生活もあるし
さくっと平日の葬儀に行ける距離ではない。



今回の里帰りで、おじさんの家にも向かった。

幼少の頃に、よくお泊まりにいった家を
懐かしく思い出していた。
仕事や育児の多忙さもあって、気がつけば
軽く20年は行っていない。

おじさんはテーラーだった。

磨かれたウィンドウにテーラードスーツと
舶来品が飾られていて、ガラスの扉を
押し開けてはいる。
いつだって、いいにおいがした。

店内は真っ白の床で、これまた磨かれていて
テーラードスーツと沢山の生地の反物が
並んでいた。
そこここに舶来品があって、それらを眺めるのが
大好きだった。

繊細なつくりの船の模型や、いかにも海外産!の
人形や小物類や楽器たち。
今思い出しても、不思議な空間だった。

上の枠が丸い入口をくぐると、
大きな大きな作業台の上にアイロンがあって
そのアイロンは天井から太いコードで繋がれて
いつも、光っていた。

切掛けの生地が並んでいたり、裁ち鋏や
何色もの大きなミシン糸があったり……。
絶対に触っちゃいけないと分かっていたから
至近距離でじっと眺めていた。

沿線添いの家は、電車がよく見えて
二階のテラス兼物干し場?結構広い場所から
見られる夜の電車は格別だった。



20年前に脳硬塞で倒れて以降は障がいがのこり
流暢なおしゃべりも、自慢のアコーディオンも
聞けなくなった。

いつも、穏やかに微笑んでくれて
なんでもない話も楽しそうに聞いてくれて
ずっと、変わらずに、優しかった。




20数年ぶりに
見上げた店舗は、記憶とまるで違っていて
少し、戸惑う。

ショーウィンドウもなく、大きな円盤形の
取手がついた、銀色のドアもなくなっていた。

娘さんの一人は、テーラーを継がなかったけれど
技術は受け継いでいて、ここでハンドメイド店と
カフェを営んでいると聞いていた。
かわいい看板が下がっている。

思い出よりも、随分と小さくなったおばさんと
再会して仏間に通してもらい、遺影を見上げる。


ああ、もう居ないんだ。
おじさんは、居ないんだ。
遺影しかのこってないんだ。


やっと、おじさんが居ないと実感がわく。


ああ、もう会えないんだ。


ぼろぼろと涙が零れてしまう。


お家が大変だった時も、笑顔を絶やさず
家族を守っていたおじさんは、もう居ない。




娘さんが営んでいる店舗は定休日だったけれど
灯りをつけてもらった。


「作業台はそのままだよ」

大きな大きな作業台は、娘さんが綺麗に
使っていらした。
アイロンも光っている。

店舗には、娘さんが作ったバッグや小物と一緒に
昔と変わらないアンティークの飾り棚も
見覚えのある小物がならんでいた。
おじさんの反物もディスプレイされている。


一番見える場所に、アコーディオン。


思わず、あった!と声をあげた。

「本当に道楽者の人だった。
    このアコーディオンはね、
    イギリスから一ヶ月かけて届けてもらったの。
    大事にしてたもんねぇ」

おばさんが泣き笑いした。


えんじ色のアコーディオンは古めかしく
埃ひとつない体で、店舗を守っていた。


私には、亡き後に誰かに思い出してもらう
形見はあるだろうか。
ふとそんな事を考えた。


思い出してもらう程に、意味のある言葉を紡ぎ
支えになるような笑顔でいるだろうか。



おじさん、またね。
またあのアコーディオンを聞かせてね。

ありがとう。