まず、私は BLONDE という曲を思い出す。 



 1987年6月3日に発売された 中森明菜 のシングル。



日本語詞 麻生圭子。 



 異国の匂いをまとったサウンドの中で、都会の夜を漂う恋の駆け引きが描かれている。









 情熱に身を任せているようでいて、その奥にはどこか醒めた視線がある。



 私には、その危うさと冷静さの同居が強く印象に残る。



 振り返れば、明菜の歌にはいつも「女の意志」が流れていたと思う。 



 1982年7月28日発売の 少女A。



 作詞 売野雅勇、作曲 芹澤廣明。 


 まだ十代の声でありながら、大人が決めた価値観をそのまま受け入れない反骨があった。



 世間の視線に対して、どこか斜めに立つ少女の影を感じる。


 1984年11月14日発売の 飾りじゃないのよ涙は。


 作詞作曲 井上陽水。


 恋に傷ついて流れる涙さえも、飾りではないと言い切る歌。



弱さを見せながらも、その感情を偽らない誇りがある。


 そして1986年2月3日発売の DESIRE -情熱-。


作詞 阿木燿子、作曲 鈴木キサブロー。 



 燃え上がる情熱の裏側には、どこか孤独が潜んでいる。









 時代の頂点に立ちながらも、なお内側で揺れ続ける感情がある。 


 そうして彼女の歌の軌跡をたどると、最後にまた BLONDE に戻ってくる。


 夜のネオンの下で、女は男の言葉を聞きながら歩いている。 


 強い男を探していると言いながら、恋の危うさもどこかで知っている。



 激しく愛されたい。 



 けれど、時代はどこか甘く、男たちは愛に手を抜く。


それでも女は待っている。



 氷を溶かすほどの情熱を。



 微熱では終わらない、本当の熱を。









 きれいだと言われ、愛していると言われ、夜を踊る。



 そして別れのときが来るなら、せめて愛の記憶だけ残して消えてほしいと願う。 



 そんな矛盾を抱えながらも、女はまた夜に立つ。



 私にはそれが、ただの恋の歌には聞こえない。 



 それは、歌い続ける者の覚悟のように思える。 



 流行が生まれては消えていく世界の中で、自分の感情と声だけを武器に立ち続けること。 



 その覚悟が積み重なったとき、それは単なる誇りではなくなる。


歌姫の PRIDE は、やがて時代が記憶する BRAND になる。 



 そして私は思う。



中森明菜という存在そのものが、ひとつの“BLONDE”というブランドだったのだ と。



 



 

 

 

 

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