オレゴンの微風

オレゴンの微風

在米50年、木々のざわめきで知るオレゴンの微風の中に小さな幸せを感じる今日この頃。特別養子で授かった愛しい娘の事や、結婚生活36年でこの世を去ってしまったオットとの日々、それにチワワのむ〜ちゃんを交え、徒然なるままに書くブログです。

アウグスブルグはローテンブルグのおとぎの国の様な旧市街では無く、現代都市の中にロマンティック街道の名残の様な建物が沢山があるという感じでした。

 

ここに来る前夜、チャット君と相談して次の4箇所の観光をしようと思っていました。

ホテルに荷物を置いてから、大通りに出て左に行って市庁舎に行くはずが、ふと右を見たら、、、

2ブロックほど先のこの教会に目を奪われてしまいました。

 

吸い寄せられるように行ってみたら、同じ敷地の中に、まるで性格の違う“ふたつの教会”があったのですのです。

 

まず、通りに面して小さめの聖ウルリヒ福音教会がありました。

ここは祭壇の上にパイプオルガンのパイプが並んでいました。(普通は反対側です)

こじんまりとして、優雅で歴史を感じさせるお礼拝堂でした。

 

そして、上記の建物の奥、このドアの向こうに聖ウルリヒ・聖アフラ大聖堂が隠れるようにしてありました。

 

ドアを開けると、、、この素晴らしく立派な鉄格子(?)

ここに豪華で荘厳なバシリカがあるとは思っていなかったので、超嬉しかったです。

 

鉄格子を開けて中に入ると、、、もう目を見張ってしまいました。

 

椅子の側面も、こうしてしっかりと彫刻されていました。

 

地下には石の棺や小さなお礼拝堂もありました。

 

感激しながら、教会を後にしてダウンタウンの方へ向かうと、こんな可愛い建物がありました。

 

これもちょっと変わった装飾の建物ですよね。

 

そして、商店街の中に教会の塔が見えました。

お店屋さんを回って、聖モーリッツ教会の門を発見。(実際の入口はこの先50mです)

 

中に入ると巨大な教会なのに、真っ白。まるで作りかけのような教会でした。

 

チャット君によると、この教会は中世(11世紀頃)からある古い教会ですが、第二次世界大戦の空襲でかなり破壊され、その後「元通りに豪華に復元」ではなくシンプルに再建する方向が選ばれたそうです。

 

今回の旅行では、街の広場や公園にピンポン台が置かれているのをアチコチで見ました。

 

市庁舎の前の大きな広場にあった銅像はこの街の名前になったローマ皇帝、『アウグストゥスの泉』だそうです。この街の歴史はここから始まったと言っても良さそうです。

 

ここがアウグルブルグの市庁舎なのですが、、、

お目当ての黄金の間は市庁舎自体が改装中で見ることはできませんでした。

 

その代わりと言ってはなんですが、、、

お隣の聖ペテロ教会を見ることができました。

 

地味ではありますが、外の騒音から離れて静かにお祈りできる場所でした。

 

それから、次の目的地、チャット君おすすめの世界最古の社会住宅、フッゲライに行ったのですが、、、

観光客がいっぱいで、今でも使われている社会住宅を見る気にもならずだったので、通り越しました。

 

これは聖ヤコブ教会で(去年行ったスペインの)サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路へ続く南ルートの教会として知られているそうです。

 

お礼拝堂は質素ですが、歴史を感じる建物でした。

 

その後、チャット君おすすめの(小ベニス?)運河エリアを探して歩いたのですが見つからず、、、

サタディマーケット(?)らしい露店街を歩きました。

 

この大きな肉まんのような物、食べてみようかと思ったのですが、イマイチ、勇気と食欲が湧かず、

皆さんがこれにグレイビーをかけて食べているのをみてました。

 

これは木で作った色々な飾り物のお店でした。

 

そして、運河らしいものをやっと発見。

でも、どうみても小ベニスなんて言えないなあ〜。

 

歩き疲れてお腹も空いたので、アウグスブルグ大聖堂には行かないことにしました。

 

この日の夕食はテラス席で、ビープのカルパッチョとパン、スープそしてビールを頂きました。

 

同じロマンティック街道の街でも随分違うなあと思いました。