子供の頃
両親が別居を始めてまあまあ不便さを感じた時や

死ぬか出て行くかしろ!と言われて家を出た時

私がいろいろやらかしたり
元旦那さんがガラスを破り
生活が成り立たなくなった時

そして親が騙されてトラブルに巻き込まれ
家を失った時

その他いろいろ

私はそんな時でも
これからどんな変化が起きるのか好奇心でワクワク、ゾクゾクしてしまうのです

ちなみに家を失うことは大人になってからですが
4歳の時に予想しておりました
だからあーやっぱりねって感じで

恥ずかしくて人に話すようなことではないかもしれませんが

今の私にとっては
過去のことというか

すでにクリアした
ただの通過点のようなものでした

当時のことを思い出しても

「そんなこともあったけどいい気づきもできた」

この感覚が「クリアした」ことだと思います

本当に乗り越えるとは
思い出さないようにしたり
何かで誤魔化すことではなかったのです

乗り越えることの邪魔になることは
まさに執着

家やお金、仕事
健康や生活
人間関係

受け継いで守っていくことだけが
正しいわけではないのかもしれません

壊れたり失うことは
循環するように次のフェーズに進むには
とても合理的であったと思います

私が正直になればなるほど他者からは理解されず
縁が切れる事もあり
また違う出会いもあり

それなりの理解はもらえますが

自分の正直さを受け入れてからは
理解されなくても空虚感などは感じないのだと知りました



いちご狩りに行ったときの写真と



いちごの苗をいただいて

育ててますいちご


お花が咲くといいな