今回が最後だったみたい。
映像に凄いお金かけてたww
しん様は白地に「永遠」って書いてあるTシャツで登場!
何度も御祈りしていたのが可愛すぎた///
し「弾き語りは13回もやったかな~。アルバム発売できちゃうね(笑)CD出したいなあ。」
ふ「出してー!」
し「ガチで著作権引っ掛かるから出せないけどね(笑)
少々照れるけど歌っちゃおうかな。
●●くーん!ギター持ってきてくれるかな?●●くん!また痩せたけど元気かい?(マイクをむけるがシカトww)」
「前回の玉蟻でもやったんだけど話が長いって怒られました。反省してます。それじゃあ行くぜ!!!最後の曲です。
『僕と友人と敗北感』」
『思い出すな~。あれは中学2年…私がスポーツ刈りだった頃の話です。私の学校では給食の時間に流行りの曲が流れており…そのときに流れたロックソングに魅了され…私は友人とバンドを組みました。その頃は景気がよくカラオケが流行っていました。集まったメンバーは皆ボーカル志望…仕方なくジャンケンでパートを決めることに。ちなみに私はドラム志望でした。X JAPAN の『紅』が叩きたかったからです。しかし私は負けに負け… 一番不人気だったギターになりました…不人気だった理由は弦が多くて難しそうだからでした。しかしやると決まったからにはプロになりたい!ギターが欲しい!でも買うお金がない。お年玉が待ち遠しかったー。親に「お年玉いくらくれる?」と半年前から聞いていました。
そして…お年玉で破格のギター入門セットを買いました。当時はまだ楽譜が読めず…家でつたなく弾いていると洗濯物を畳みながら母親が「へったくそ~」と言ってきたのを忘れません。あの敗北感を…あの時夕日が綺麗だったー。その言葉があったから僕は頑張りました。
そしてやっと一曲弾けるようになった頃… 友人から言われた一言「お前まだバンドとかやってんの?」と馬鹿にされました。悔しかったです。見返してやりたかった。僕は友達が多いほうだったのですが、いつの間にか一人ぼっちに…
その頃景気が良かったので友人は竹の子族にジュリアナ東京… 羨ましかったー。私には消費者金融の催促状が増えてゆくばかり…
私も形だけでも仲間になろうとロン毛に腰パン… ビラ配りでは知らない女性から「キモい」と言われました。
東京ドームへ氷室京介さんのライブを見に行ったとき鳥肌が立ちました。私のバンドは全く売れず… 東京ドームでもビラを配ったこともありました。警備員さんに3回注意され…警察に通報されたこともあります。
バンドで上手く行かなかったとき山手線外回りを2周したのを覚えています。私がなんとなく降りたのは大塚駅でした… そして屋台のおじさんと行きずりの酒を交わし… 帰りの電車賃がないことに気付きました。
幸せってなんだっけ?
(ロード熱唱)
そんな私が東京ドームに立っています。夢でもあり、目標であった場所…
ありがとう。いい薬です。」
こんな感じだった気がする…
これが最後とか残念だけど
ずっと聞きたいと思ってたから
最後を聞けてよかったです。