2022一発目の
お灸ヨガ山梨を終えて





いよいよ今年の新しい空気が
巡り出しているぞよだれ
そう感じた1日でした花

お灸ヨガに限らず
ヨガというものは

なんというか、、

自分一人で成り立っているわけではないので

ヨガレッスンは
その時の自分自身の状態と

神というのか…

その時の人や環境や
目に見えない何かの
氣(エネルギー)を
受け取りながら進んでいく。

自分が自分ではなくなるような
様々なバランスをとるように
レッスンをしているのだけど

この融合させていく過程で
チグハグ感や
不完全な時間も流れたりする。
(結果完全な状態なのだけどね)

リアルタイムで
直感的に
ポーズを足したり引いたり
天から降りてくる言葉達を
その場に合う表現で変換したり

生徒さんをまるまる受け止め
その場に馴染ませていく

そのような作業をしながら
一つのゴールを目指して
私はレッスンをやっているわけだけど


ヨガレッスンというものは
凄く凄く深いものなのだ。

これから先も
ヨガレッスンを続ける事ができるのならば
今以上の事を感じれてしまうとしたならば
私、、凄いことになってしまうぞ不安飛び出すハート


ヨガインストラクター というお仕事は

調和、すなわち真ん中を
指導、誘導、伝える事だと思うから

その絶妙な真ん中は
一度決めたら完了!
とはならない。

なぜなら全ての事は
流れ動いているから。

人の体の変化以外にも色々あるよね。

その動き続けるたくさんの事を
全て受け止め
バランスのよい場所へと
私は誘導している側ではあるけれど
その私も
何者かに導かれているような感覚に近い。

(これを神というのでしょうか?)

私がそういったものに
もしかしたら敏感すぎるのかもしれないし

全てのインストラクターが
そうかといったら
違うと思う。


ただ、
お灸の安保さんとは
毎回毎回
今日はこうだったかな
次はこうしようかな
って意見交換していて
それはね
この場所を良くしたい!とかでもなくて

自然にそれができている。
という感じなのです。

だからお互いに
無茶振りとか、とっさな判断とかあるある。
でもそれも
うまくまとまっていくのよね。


なんだか
今回の放課後の安保さんは
今までに見なかった安保さんというか

斜め上の
閃き(天)からの気づきに従い
言葉まではまだ降りてきていないが
その気づきに歩み寄るような
そんなニュアンスが伝わった。

私も
今までの脳みそは一旦どこかへ置いておき
その発想に寄り添ってみようと思った。

ここ最近そういう事が日々の生活でも
よくできるようになった。

今までの価値観以上のものに触れていける
チャンスやきっかけは
ゴロゴロある。

そしてこれまでの価値観を
落としたり傷つける事も
私はしたくない。

今までを下げて下げて
今を上げるのは
実際は上がってないかもね?


今までを上げて上げて
今を更に上げれたら
まぁ素敵ラブラブ


真ん中探しというものは
そんな作業を幾度も繰り返すのだと思うな。