今回
アシュタンガヨーガ山梨に
参加してくれたビギナーの人達は

私のヨーガを何年も受けてくれている人や
私の講座を受けてくれた弟子や
ここ半年や1年
濃厚に私のヨガに通いつめてくれた人達。



私は
色々段取りなど役割がありまして
1人では大変だろうなぁと
思う事もありましたが

なんと
皆が手を貸してくれたり
積極的に動いてくれたり
もぅさ、、最高すぎる泣き笑い

私は生徒さんや弟子に
恵まれてるー愛赤ちゃん泣き愛
と感じました!

ありがとうございました!


終わった後にお1人づつ
連絡をさせてもらって

皆色んな意味で
感じた事があるみたいで

感動や興奮をしていたり
または
ヨーガの深さを知り
逆に落ち込むみたいな?

うんうん
あるよね。
凄くわかります。

もうさ
直接早く話したいよ!
って事で
近々皆にレッスンで会う時は
色々思い出話しましょうね!



3月は特に

弟子に場所を

繋いでいくような事があり


一緒に下見いったり

顔合わせしたり


何人かの弟子と

2人で話す時間も多かった月。


車の中で

ヨーガの話やプライベートの話や


なんか3月4月は

自然にまたひとつ

皆と近くなった感じがします。


皆色々話をしてきてくれて

あみ先生は嬉しいです!




アシュタンガヨーガ

に限らず

ヨーガの本質を追究したり

または

伝統あるものに触れる時や

何か一つの事を続けるという事には


それなりの

"厳しさ"が付き物です。


だから

『こんなヨガなんてやだー』

とか

『向き合う事に逃げたーい』

『私はそんなに

真面目に良い人になんかなれないー』

とか


真面目にやるからこそ

ヨガから

目を背けたくなるような時が

どこかのタイミングで

経験する場合もあるかもしれません。



もしかしたら

今回のアシュタンガヨーガで

そう感じた人もいるかも。



うんうん。

わかります。


私もヨーガを学び

インストラクターになり


逃げたくなるような気持ちや

もう無理。と

何度涙を流した事か。


チッ。ヨガなんて!

って何度思ったか。


だけど私は

ずーっと続けてます。


やっぱりヨーガだなって!

確信しています。



哲学や聖典を読んだり

または数秘をやっていて
避けては通れぬ言葉

死。

数秘ですと
9を意味します。

死と聞くと
ビビるし怖いし
ハッピーな感じはしないですよね

でも必ず自然の摂理に
必要な
死。
この意味を説く事も必要になります。

9は死でもあるし
ひとつを極める
などの意味も持ちます。


父がいつだか言ってたな。

あらゆる哲学や宗教は

死の苦しみを説いていて

人間はいつかそこに直面するんだ

だから必要なんだ


って。



英樹先生も今回

【皆いつか必ず死ぬんだよ】

って何回も言ってましたね。





アシュタンガヨーガは

数秘で表すと8なのですが…

でもね

1でもあるし4でも5でもあるし

そして

9でもあるし11でもある。


呼吸8でもあり

生み出される1でもあり

瞑想4と体5でもあり

手放す死9でもあり

スピリチュアル 11なのです。


人生の極みは

いつかくる死なのかなぁと。。



私のこの1、2年は

父の死やその他に身近な死があったり

周りの人が悲しむ姿も見ました。

父の死以来

周りの人が誰かを失い涙を流す時

または他の理由で苦しみを感じている時

その人達の気持ちが

理解できる私でよかったと思えたのです。


これは父が

最後に私に与えてくれた経験。


有難いと思いました。


死というものは

人を凄く深く成長させますね。


有難い事だよ。と

人には簡単には言えないけれども

自分自身にとって消化する時は

そうでありたい。


これは必ず皆が通るところだから。


変な事でもおかしな事でもないのだと

理解しないとならないですよね。


世の中には

絶対に経験しなくて良い事や

経験してほしくない事はあります

別れ方も種類等によって

経験しなくても良い事もあります。

死に方にフォーカスしすぎると

本質は見えてこないのだと感じました。


そこまで生きた過程を

大事しなくてはいけない気がします。


歳を重ねきっとこれから

もっともっと経験する事だと思うから。



意外にも

死で味わうのは

悲しみの量より

周りの暖かさや支えや感謝の量の方が

多いように感じます。


錯覚を起こして

ついつい

悲しみだけにフォーカスしそうになりますが

実はそうではなかったりします。




ヨーガは人生





父が倒れてから

毎日

病院からいつかかってくるかわらない電話に

ハラハラして過ごしたり

いつかくる苦しみがよぎり怯えたり

だけど意外にも

頑張って生きてくれて

毎朝ホッとして太陽に手を合わせたり

病院からの電話が

ちょっと前向きな内容な時があったり

期待しながらも

だけど不安は消える事がなくて

日が経つに連れていつの間にか

感情も変化していて

心の準備をしている自分にも気づき

最後は

必死に生きてくれたことに感謝と

周りの皆の気持ちに温まりました。


毎朝感謝して

常に心身のバランスを測りながら

毎日きちんと生きる

ってこんな感じかと。


そして

お別れの後のやる事多すぎの鬼の忙しさ。


あぁ。

時は止まらない。

全ては流れ動いていて

私は今を生きなきゃいけないんだ!

って。


苦しいけど生きるー!


って

この時

私は

ヨーガをやってきてよかったと

改めて思いました。

そして

アシュタンガヨーガへの向き合い方も

また変わったように思います。



アシュタンガヨーガは

常に

意識の破壊と再生

をしているような感じです。


"今ここを生きる"

教わります。



良いも悪いも

自分に出てくる事を

手放しながら


今を生きる


そんな練習です。


そして

流れのままに。です。



ただし

欲のままにではないよ。

と先生が言ってましたね。



私はやりたいポーズとか

今全くないですよ。


自然にやってくるポーズ

または

与えられたポーズを

真剣にやるだけです。



不思議ですよね。

あんなに色々ポーズとるのに

え?と思いますよね。


ポーズに欲をいれてはいけません。


アシュタンギ

(アシュタンガヨーガやる人)は

このポーズができないから

このポーズをめちゃくちゃ今頑張ってる

みたいな言い方をする人は

いないです。


むしろ

あまりポーズの話にならないのよね。



ポーズをとるだけがヨーガではないです。



私もオンラインで参加する時

生理で動けない時は

参加はするけれども

動かずに

皆の練習を見ながら呼吸します。




ガンガン動ける人も

半分までやって

あとは瞑想する日も全然あります。


先生が判断して

やらなくてよいよ。

と言われる時もあります。




動けない事や

やらせてもらえない事に

悪をもってはいけません。



Instagramには

ポーズを頑張ってらっしゃる方も

たくさんいますが


それを羨ましがる必要も全くないです


ヨーガを

誰かや何かのあれやそれに

してはいけません。




いつでもどんなときでも

今ここに

自分の中に

ヨーガを感じれるように

なりたいものですね飛び出すハート