私には、人に、変な引っかかった違和感みたいな感情を、自分をきっかけには持ってもらいたくない、という、強いこだわりがある。


なぜかといえば、妄想的だが、人がそれで調和を崩し、抽象的な、五感で感じない部分が大損傷を負う可能性が0%ではない、と勘で思うからだ。


微々とでも嫌なのは、私が、そういうことに加わること。


すごく潔癖なのかもしれないけれど、正直な気持ちだ。


だから、そんな感じがしたら、そのお相手に、自分の懸念について、聞け次第、聞くようにしている。


勘で、大丈夫だと思ったら、ありがとう、いちいち聞いてごめんね、というようなことを伝えるようにしている。


前は、それをする習慣が無かった。


そのために、精神衛生が最悪な時があった。


自分で自分の無意識をつかむことは難しいけれど、この話は、それ系かもしれない。


このようなことを述べるのは、絆を元気にしたいからだ。


絆は、何となくだけど、ひ弱な今のように感じている。


絆を強くして、太くして、増やして行くことは、元気な絆が大成することに寄与するものと考える。