ワタナベジムと内山 | 海外ボクシング情報

ワタナベジムと内山

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 2012年9月、 HBOは、当時アメリカで全く無名だった現WBAミドル級王者のゲナディー・ゴロフキン(カザフスタン)のアメリカデビュー戦をメインにした興行を放送しているが、巨大な広告収入を柱とするアメリカのボクシング・マーケットで、アメリカ最王手のケーブルテレビ局が、アメリカでマイノリティーであるだけでなく、全く知名度のないカザフスタン人選手に、この様な破格の待遇を与える事は通常あり得ない(ファイトマネーは50万ドル)。
 それを可能にしたのは、ゴロフキンが、ドイツのウニヴェルスン社と決別して以降、アメリカで、当地での試合を模索しながら、ピーター・クイリン(アメリカ)、フリオ・セサール・チャべス・ジュニア(メキシコ)、サウル・アルバレス(メキシコ)、アルフレド・アングロ(メキシコ)といった知名度のある選手達と積極的にスパーリングをこなす事で名前を売っていったからである。そして、その過程で、ゴロフキンは、チャべス・ジュニアやアングロを打ちのめすなど、強烈なインパクトを残していく事となるが、それでも、HBOを動かすまでに2年以上の歳月を費やし、その間の防衛戦は、祖国のカザフスタンやパナマなど、ボクシング界では、どちらかというと辺境と言っても過言ではない様な場所で強いられている。
 つまり、アマチュア時代に、そのエキサイティングなボクシングスタイルで、現在プロで活躍するアンディー・リー(アイルランド)、ジョルダニス・デスパイネ(キューバ)、アンドレ・ディレル(アメリカ)、ルシアン・ビュテ(ルーマニア)、マット・コロボフ(ロシア)、ダニエル・ギール(オーストラリア)から白星を挙げ、実績も2003年世界選手権優勝、2004年アテネ五輪準優勝と非の打ちどころがないにもかかわらず、アメリカで試合にこぎ着ける為に、アメリカの地で2年近く、知名度のある選手とのスパーリングを強いられているのである。
 そして、そんなゴロフキンですら、遠回りを強いられているのだから、前WBAスーパーフェザー級王者の内山高志(ワタナベ)がアメリカでの試合を希望しながら、なかなか実現できなかった状況を目の当たりにしても、個人的には大きな驚きや違和感はなかった。 当然だ。アメリカで試合はおろか、スパーリングすらした事がない内山に、アメリカのテレビ局がまとまったファイトマネーを支払うわけがないし、内山も安いファイトマネーで試合をするわけがない。だから、日本で、内山のビッグマッチがなかなか実現しない状況に対し、内山の実質的なプロモーターである渡辺均会長の「プロモート能力のなさ」をバッシングするような論調を聴くと、稚拙さすら感じる。
 そして、こういう事を書くと、プロモート能力があると言われている帝拳だったら、状況は違ったはずだという連中が出てくると思うが、これもこれで非常にくだらない考え方だ。
 何故なら、2012年に、当時アメリカで人気実力とともに絶頂だったノニト・ドネア(アメリカ)とアメリカで対戦した西岡利晃(帝拳)のファイトマネーは、ドネアが75万ドルであるのに対し、僅か10万ドルである。また、昨年、空位のWBOライト級タイトルをかけて、レイ・ベルトラン(アメリカ)と対戦した粟生隆寛(帝拳)のファイトマネーに至っては、西岡のドネア戦のファイトマネーの半分の5万ドルである。
 唯一の例外は、彼らと同じ帝拳の三浦隆司が、昨年末のフランシスコ・バルガス(メキシコ)戦で50万ドル弱のファイトマネーを手にしているが、これは、メインのミゲル・コット(プエルトリコ)VSサウル・アルバレス(メキシコ)戦が全米注目のミリオンダラー・ファイトであり、その試合のセミで組まれた為、ファイトマネーの予算が上昇したというにすぎない。勿論、そんな大舞台に三浦が上がれたのは、帝拳の本田会長の力があってこそだとは思うが、本田会長自身が、三浦の高額ファイトマネー獲得の直接的な作用とはなっていないはずだし、そういう機会も、そうそう訪れるものではない。
 しかも、内山が低報酬でアメリカ進出を受け入れて勝利しても、次戦で報酬が上がる保証はどこにもない。事実、西岡は、ドネアと対戦する前に、アメリカで人気の実力者ラファエル・マルケス(メキシコ)と対戦し、勝利しているにも関わらず、上述の通り、ドネア戦で獲得したファイトマネーは10万ドルである。同時に、西岡が、積極的に海外で試合をしたのは、日本国内で人気がなかったという状況も少なからずあったはずだ。
 勿論、これは、僕の推論に過ぎないし、内山自身はファイトマネーに対するこだわりはなかったのかもしれないが、普通に考えれば、試合が成立しない最大の要因は、ファイトマネーのはずだし、対戦が噂されたニコラス・ウォータース(ジャマイカ)からしても、内山との対戦は、リスクに見合うだけの報酬をもたらさない為、必ずしも積極的にさせるものではなかったずだ。また、アメリカで大して人気のないウォータースと、アメリカで全く知名度のない内山が対戦して、アメリカで高い視聴率や興行的成功をおさめられるわけがないし、そんな試合に高い報酬を払うテレビ局やプロモーターは、アメリカに存在しない。
 おそらく、日本で、内山のアメリカ進出を困難にさせている要因を、渡辺会長のせいだけにしている連中は、そのフラストレーションを誰かにぶつける為に騒ぎ立てているのだろうが、こういう連中のほとんどは低俗なインターネットサイトに書かれている事をそのまま鵜呑みにし、自分の頭で物事を考える事を放棄した下らない連中に過ぎないはずだ。