息子がやっと卒論などの評価があり、卒業が決まりました。

私の手からはとうに離れていっているけど、経済的にも楽に
なります。

しかし、自宅から離れたところに就職するので寂しです。

もともと、息子が生まれて産後うつになり今も引きずっています。

息子が小さいとき「あなたのせいで、お母さんはこうなった」とか
つらいとき本当にひどいことを言ったダメ母なのです。

「将来、お母さんみたいに、奥さんを働かせないようなしっかり
した人間になりなさい。」と言ってみたりもしました。

大きくなって私がどうしてこうなったのかは説明して理解してく
れた息子。

「もうすぐ巣立っていくんだね。」

世の中は厳しいけど負けないで頑張ってほしいと心から思い
ます。

世間知らずだから本当に心配です。

でも、なんでも自分で決めて就職先も決めました。

「息子には、奥さんを働かせるような大人になったらだめと言い、
娘には、いつ離婚しても言いようにきちんとした資格を取りな
さい。」と全く矛盾した事を言っていた私。

子ども達には幸せになってほしいと心から思います。



相談の仕事に慣れてくると、毎日の様に相談電話が あったり、来所相談があったりしました。

私でなくてはダメという利用者もいました。

障害者自立支援法の訓練等給付で、仕事をする ことを希望すれば、その方の状況を見て、就労移行支援や就労継続支援A型など利用するものを検討しました。

そして、作業所や事業所を見学してもらい、面接して、利用が可能になると、申請をして、決定すると事業者と契約して就労するようになります。

就労継続支援A型が利用できるようになると、1時間の最低賃金がもらえます。

したがって、月20日、1日5時間就労すると、6万以上の収入になるのです。

勿論利用する時間は、その人に合わせて短くも出来ます。

障害年金と就労継続支援A型で自立している、精神・知的・身体障害者の方はたくさんいます。

この様ないろいろややこしいシステムや法律を覚えていき、利用者に役立つ支援が出来るようになっていきました。

仕事をやってストレスもたくさんあり、毎日の疲れは尋常ではありませんでした。

しかし、この仕事に慣れていくことで、私のうつは少しずつ落ち着いていきました。


うつの最悪の状態から脱し、仕事には月単位で慣れていき
ました。

慣れてくるといろいろな仕事を任され、それをこなしていく様
になると、精神障害者の苦難を知ることが出来たのです。

私はうつでありながら、誰もスタッフは知らないので精神障害
の担当にもなりました。

しかし、確かに自分が経験者である強みもありました。

いろいろな相談があったけど、理解することが出来きました。

そして、彼らが希望することや、困っている事、生活が楽に
なる事などの相談を受け対応してきました。

法律でどうにもならないこともありましたが、出来る限り障害
がある人に寄り添うことを心がけてきました。

私達の想像を絶する問題を抱えた人がたくさんいるのです。

精神障害というだけで仕事がなかったりする人も多いです。

うつの人は、体調がよいとき就活もしていましたが、それも
困難な人には、精神保健福祉手帳や障害年金も勧めました。

こうして私は、この仕事に一生懸命になっていきました。

私が今の職場に異動になったとき、長女が大学を卒業して就職をしました。


職場は地元を希望していたのですが、東京になってしまいました。


本来だったら、休みを3日とって、マンションの片付けを手伝う予定でした。


しかしそれもかなわなくなりました。職場が異動になると引継ぎ等があります。


それでも、夕方の最終便で東京に行き、1日片付けを手伝い最終便で帰りました。


十分な準備も出来ないまま、娘を置いてくるのは心配で心配で帰りの飛行機の中で

ずっと泣いていました。


新たな職場には馴染めず、全くやったことがない仕事をすることになり、私は精神的

に落ち込みました。


そうです、うつがひどくなりました。


人前で字を書こうとすると手が震え、緊張が極度になりました。


どうしようもなくなり、クリニックを受診しました。そのとき先生が「あんた仕事は無理

よ!休みなさい。」と言われました。


私は傷つきました。私の仕事も知っているのに、「あんた!」扱いはひどいと思い
ました。


医師の言動が余りにもバカにした言い方だったので許せませんでした。


いくら精神科の患者でうつで苦しくて頻回に受診しても、その扱いにはあきれま

した。そういうことは忘れられないんです。


苦しんでいるから休めと言いたかったのは分かるけど、私は何とか服薬で頑張

りたいと言う思いがありました。

そして私は、以前行った事がある精神科クリニックに変わりました。


医師は良く話を聞いてくれ薬を変えてくれました。今あなたが苦しい症状を消す

ことからはじめます。大丈夫ですよ。


そう言ってくれました。私は休まず仕事を続けました。


それからずっとクリニックは変わってません。



病院に入院する時は、飲んでいる薬を全部見せないといけません。


しかし、私は精神科に罹っているって言うのは知られたくなかったので、

病院に罹っていることは内緒にしていました。


そうです、薬はこっそりと隠して飲んでいました。

消灯になると、1つにまとめていた眠剤を急いでのみ、ティシュに包んで

薬の袋も捨てました。


こんな時も、堂々と出来ないなんて、堂々としない自分が情けなくもあり
ました。


しかし、何とか術後も見つかることなく退院することが出来ました。


看護師たるもの絶対やってはいけないこととは思いましたが、説明する

のも面倒だし、どうにかなると思いました。


眠れないと訴えて、ハルシオン1錠持って>こられてもどうしようもありません。


使う薬が根本的に違っていますから。しかし、転落やふらついたりしない様

最善の注意もしました。


こんなことしなくてもいい世の中になって欲しいです。


私がある意味偏見を持っているのでしょうか?


でも、眠剤の内容を見たらびっくりすると思います。


精神障害があると入院も大変だと思いました。