東日本大震災〜7年目を迎えて見えるもの〜 | AMI☆WB卒〜My Life〜

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本日は花いっぱいin北習志野へ
お越しくださった皆様、スタッフ、関係者様
ありがとうございました!!




 第7回を迎えるにあたり
原点に戻る。そして、これから。
という項目で今回は
東日本大震災復興支援を目的とした
チャリティーイベントとなりました。



まるぐるブースでは今回、宮城県石巻市から
私の父、トミジが来てくれて
三陸の牡蠣、新物塩蔵ワカメ
の販売もしました!!


そして震災時のトミジの体験を
本にした【トミジの海】。
こちらはYouTubeで山寺宏一さんが
ナレーションをしてくれている動画が
あるので是非見てください!!
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美味しい新物ワカメ!!
先月、せんどうさんにて生ワカメを
販売しましたね(*^.^*)
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ハートラック号では麻婆焼きそば、ステーキ!
そしてビーチのグッズ販売!!
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トミジの焼き牡蠣!!
浜の本物のアジですね!
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新鮮でプリップリ!!
みんな大好き焼き牡蠣!!
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他にもたくさんの
ブースでホタテ、牡蠣、豚モツなど
販売してました!!
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そして公民館のホールにて
原点に戻るステージ…

3年前に南三陸町へ行った時
南三陸ホテル観洋の伊藤さんの
語り部をバスに乗り被災地をまわりながら
聞かせていただきました。
写真はその時のです。

南三陸町防災対策庁舎
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今回2回目の語り部…
話しを聞きながら、私は震災を
経験してますのでその光景を思い浮かべました。


そして伊藤さんが一枚の写真を取り出しました。
それは南三陸町防災対策庁舎の上に逃げてる
人々を写した写真。
屋上にいる写真です。しかし写真には
屋上にいるにもかかわらず足元まで
迫る津波…そして建物にしがみつく人々…


12メートルの建物に対して
襲ってきた津波は15.5メートル。
53名いた屋上で生き残った人は10名。
43名が犠牲となりました。



伊藤さんは写真を片手に
皆んな生きたかった…
生きようともがいていた…
だから流されないよう
必死に円陣をくんでいた…

と胸を苦しそうに話していました。

写真からその光景が目に飛び込んだとき
私も胸がとても痛くなりました。



しかし防災対策庁舎から避難を呼びかけて
いた方のおかげでたくさんの命が
救われたとも言われています。
たくさんの命を守るため
津波に飲み込まれる瞬間まで…




私の父は、【トミジの海】の本を朗読しました。

この本は私の地元を描いたものです。
平和な日々、穏やかな海の見える町で
暮らしていた私たち家族。
それは急にやってきました。




『2011.3.11   14時46分   地震発生』



今までに経験したことのない
大きな揺れ。立っていることもできない
おさまるまで、ただただ立ちすくむ…


その後本当の恐怖がやってきた。
沖の方から今までみたこともない
黒い帯状のなにかが太平洋の水平線に
伸びていたのです。

津波です。



この時、父は漁師の血が騒いだのか。
昔から漁師の間では津波が来る前に
船を沖へ船を逃すといい継がれています。


この本では沖へ船を出した時の
トミジの経験と心の叫びが
描かれています。


ぜひYouTubeで見てください。



私は高等学校の近くに住んでいたので
地震当時から2日3日は家族と会えませんでした。
近所の親戚の家をあたっても
誰もいない。太ももの付け根ほどの
冷たい津波の中を歩いてさまよって
避難所の小学校へ行き名簿で安否を探したり



しかし思いました。
あの時私ここに逃げていたら
学校に逃げていたら…
今ここにいません。

小学校の周りは瓦礫と車の山


私が逃げようとした時は既に
学校に波が来ていたからです。
足がすくんで立ち止まってしまい家の方へ
引き返しました。



父が迎えに来て初めて
一番の恐怖であった家族の安否が
確認でき、皆んな無事で安心して
泣いた事を今でも覚えています。


友達の家でお世話になっていた時
友達家族は皆んな無事だったから
喜びの笑いがある中で私は1人
家族に会うまで笑えなかった。
毎日夜になると不安で寝られない日々
だったから。




これまで嬉し泣きを恥じて見せてこなかった
わたしが初めて心の底から泣きました。
生きていてくれてありがとうって。
良かった…良かった…生きててくれてよかった。
家族に抱きつきました。
強く強く抱きつきました。
絶対離さないと。



それからわたしは感情的になると
涙を流しやすくなったんでしょうね。
苦しみの地獄を乗り越えたからこそ。





今日も最後にステージに登る前から
涙を浮かべていました。
黙祷で目をつぶりあの日の光景
命の大切さ、愛、悲しみ、もがいた日々…

一気にフラッシュバックし
そして今ここにいる事
ここにある命、ありがとうって。


私のスピーチ涙ながらでしたが
聞いてくれてありがとうございました。
なに言ってるか分からなかったと思いますが…





そして今日
トミジ、伊藤さんのお話しを聞いていた
皆さんはどう思いましたか…?

津波に縁がない土地であっても
いつどこで起こるかわからない
自然災害です。


この恐怖というものは確かに
経験した人にしかわからないこと
だらけだと思います。


しかしこの恐怖を乗り越えて
生き残った人々が語ることに
嘘はありません。きっと皆さんも
震災を経験したら同じことを
いうと思います。


起きてからでは遅い
だからこそあの日を
忘れずに共に語り進むべきです。



まだまだ復興への道のりは
長いです。とても長いです。




そして時の流れは一瞬です。
震災から今日まであっという間でした。

7年目の今ここからまた原点に戻り、一人一人が
自分にできる事を、震災に対する考え方を
今一度、考えていかねばいけないと思います。





忘れないでください。
3.11が近づいてきたから思い出すのではなく。






日頃の生活の中でも、この先の人生の中でも
今ある命に感謝し、ありがとうと
伝える勇気、一歩踏み出す勇気を
出して欲しいです!





絶対出来る!
東北の復興!
絶対叶う!
東北の未来!




私たちは負けない。
2018.3.11



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鮎川の夕日