生と死 | アーティスト山中あみのオフィシャルblog「amistic365°」

なんだかとっても重たいタイトルをつけてしまいましたが、


今、私は『生』と『死』について考えています。



こんなことamisticブログで書くような話ではないんだけど、


私の大好きなおばあちゃんが今ICUに入っています。


数年前に病気をしてから体がとっても弱くなってしまって、


病気をしてからはいつもいつも死との隣り合わせ。



でも、寝たきりなわけではなかったので、普通に生活をして、

元気なときは散歩したり、ご飯を作ったり、ひ孫達と遊んだり、私と電話で何時間も世間話をしたりしていました。



そんな普通の生活ができていても、一度病気になってしまったらやっぱり体は弱っていって、

ちょっとした菌に対する抵抗力がどんどんなくなっていくみたいで・・・


人は老いていくんだって頭ではわかっていてもどうしても受け入れられずにいます。




私は小さい頃ほとんどおばあちゃんと生活していたので、私にとっては半分お母さんのような存在で


お母さんにはなんとなく恥ずかしくて言えないことや、心の悩みや、恋愛相談なんかもなぜかおばあちゃんには話せたりして、私にとってとてもとても近い人です。



朝、妹から電話がかかってきて めそめそしている私に


「人はね運命には逆らえないんだよ。弱っていく人に医療の力でただ寿命を延ばすことになんの意味もないよ。」って言いました。



私はどんな形でもいいから生きていてほしい。


もう二度と会えなくなるなんて考えられない。



でもそれは私のエゴでしかなくて、ただ生きていてほしいなんてかなり都合のいい考えなのかも・・・って思いました。


もしかしたら、妹の方がずっとおばあちゃんの気持ちや体を考えているんじゃないかって。



ただ死んだように生きている。


それって悲しすぎるもんね。




「今ね私札幌に帰るか迷ってるんだ・・・私が札幌に帰って家族みんながそろっておばあちゃん安心して死んじゃったらいやだから」



って妹に言ったら




「迷ってるくらいなら帰ってこなくていいんじゃない?

でもあみちゃんの顔見て家族に見守られて安心して死ねるなんて最高に幸せだと思うけどね」


って言われて


私はまためそめそしてしまいました。





もうすぐですよ・・・


ってお告げをもらえる家族は幸せで、


ある日突然交通事故や予期せぬ事件に巻き込まれて一瞬にして消されてしまった家族をもつ人は

本当に苦しい日々だと思います。



あの時あーすればよかった。最後にこんな話をしたかった・・・とか人はもう会えない人にいっぱい後悔するに違いないから。



お母さんが「おばあちゃんの人生なんだったのかな~幸せだったかなぁ~」


って言ってたけど


私はうちのおばあちゃんは絶対に幸せものだと思います。



少なくとも家族がいて、家族みんながおばあちゃんの生と死についてこんなに考えて


いっぱい涙を流して、心からばあこの幸せを願ってるから。


そこまで人に思われてる人が幸せじゃないはずがないんじゃないかなって。


またこれは私の考えだけどね。



早く元気になってほしい。




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