チリン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!!」
私とマスターと岩城くんの声が重なる。
入ってきた人を見て、私と岩城くんは同時に呟いた。
「なんだ、真か」
「なんだとは何だよ。客だぞ、一応」
くっきりとした二重の大きな目を見開いて、
本気で不満そうな顔をした真は、
振り返って後ろに居た人に入るように促した。
カツ、とヒールの音が響く。
20代半ばくらいの、
少し派手だけど、きれいな人だ。
膝の上でスリットの入ったシフォンスカートがよく似合う。
一瞬、岩城くんの顔が曇った気がした。
「どうぞ、こちらへ」
私はメニューと水の入ったグラスを載せたお盆を持って、
真とその女性を窓際の空いている席へ案内した。
「こいつ、麻衣」
テーブルに水を置くなり、
真は両手をジャケットのポケットに突っ込んだまま、
ぶっきらぼうにその人に言った。
ちょっと、それで紹介してるつもり?
と思ったけれど、女性は全然気にしてない風だ。
「ああ、あなたが……」
その人は、キレイに巻かれた肩までの髪を軽く揺らし、
ふふ、と微笑って三浦加南子と名乗った。
入ってきた時の印象は、少し、とっつきにくい気がしたけれど、
笑うと急に可愛い雰囲気になって、
私は一気に親しみを感じてしまった。
美人に微笑みかけられて、
ふわんとした気分になった私は、
カウンターに戻ってマスターにオーダーを告げると、
つんつんと岩城くんのTシャツの袖を引っ張った。
ちびな私の方へ少し屈んでくれた彼に、伸び上がって耳打ちする。
「きれいな人だね。新しいカノジョかなぁ?
ちょっと真とは歳が離れてるけど」
「離れすぎだろ」
不機嫌そうに呟いて身体を起こすと、
岩城くんは、カウンターの上にキレイに積まれている
新しいコーヒーカップを手に取った。
めずらしい。
いつも、へらっとしていて、
よっぽどのことがあってもムッとした顔なんて見せないのに。
「いいじゃん。お互い好き合ってるなら。
岩城くんらしくないね。真よりよっぽどお姉さま好きなくせに」
私は、ちょっと皮肉めかして言った。
確かに彼は年上好きなのだ。
特定の彼女はいないけれど、大学の構内でも外でも、
よく派手めなお姉さん達と一緒にいるところは見るもの。
反面、年下のコや子供っぽいコは、
からかうけれど上手く距離を置いている。
私は、Tシャツとジーンズのミニスカートという、
いつもの自分のお仕事スタイルを見下ろした。
ようやく肩まで伸びた髪の毛は、真っ直ぐで真っ黒なままだし、
150cm弱の身長も手伝って、未だに高校生か
下手をすると中学生に見られることもある。
でも、だからって急に服や髪を変えるのは、
なんだか恥ずかしいんだもん。
こんなんだから、私はいつまでも後者のカテゴリーなんだよな。
はぁ……。
私がココロでついた溜息などに気づくはずもなく、
エスプレッソを注いだコーヒーカップに
手際よくスチーム・ミルクを入れながら、
岩城くんは独り言のように言った。
「歳だけならな」
「? どういう意味?」
きょとんとして訊くと、
ハ、と息を吐いた岩城くんが意味深に唇を歪めた。
さらさらの前髪の下で、
キレイな切れ長の瞳が細められる。
「上条コーチの元女房、だぜ。あの女」
「ええっ!!」
思わず出した大声に、
店内の視線がカウンターの中に立っている私に集まる。
慌てて岩城くんが、私の手を引っ張って一緒にしゃがませた。
狭いカウンターの下で、
岩城くんの唇が、私の前髪に微かに触れる。
ふわりと漂うコロンの香り。
ううう、不意打ちだよぉ……。
いやいや、今はそんな場合じゃないってば。
火照ってくる頬を悟られないように、
私は下を向いたまま呟いた。
「……って、じゃあ、コーチが舞子ちゃんと結婚する前の奥さん……」
「そ。真にとっては、元カノが結婚した男の前妻ってわけ」
男子陸上部のマネージャーだった舞子ちゃんと上条コーチは、
高校を卒業して1年経ったこの春に結婚したばかりだ。
舞子ちゃんと真は、高校の3年間ずっと付き合っていたし、
上条コーチが大学時代からの恋人と
結婚しているのも知っていたから、
二人が結婚すると聞いた時は本当にびっくりした。
舞子ちゃんもコーチも大好きだから幸せになって欲しいと思う。
でも、真の気持ちが気になって、
手放しで祝福できなかったのも事実だ。
真は淡々として特に変わらないように見えたし、
私には何も言わなかったけれど。
家が同じマンションの上と下の部屋同士というご近所で、
幼稚園時代からの付き合いとはいうものの、
私ほど単純じゃないから、真が何を考えているのか
正直わからないとこがある
(話していると、ときどき、すーごい呆れた眼差しで見るし)
でも、岩城くんの言うとおりなら、
ますます真がわからない。
上条コーチの元奥さんである加南子さんと、
現奥さんである舞子ちゃんの元カレの真が
親しそうにお茶を飲みに来るって……?
混乱したままカウンターの下で、
ぼそぼそ喋っていると、
頭上からマスターの声がした。
「こ~ら、二人とも何やってんだ。
麻衣ちゃん5番。ブレンドとカフェ・ラテ持ってって」
「はいっ! すみません!!」
慌てて立ち上がった私がお盆を掴もうとすると、
横から岩城くんの手が伸びてきた。
「オレが運ぶ」
有無を言わせない勢いで岩城くんはお盆を掴み、
ブレンドとカフェ・ラテを載せて、
さっさと5番テーブルへ歩いていってしまった。
・・・To be continued.
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